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マイ・プライベート・アイダホのRのレビュー・感想・評価

3.7
ずっと見たくて見たくてたまらなかった一作。
2人でバイクに跨り、“無茶をしたあの頃”を振り返る青春ムービーかと想像を膨らましていた。
その空想は芯から覆されることになる。

ティーンエイジャーのドラマは大抵全編通して輝かしくて、どのシーンを切り取っても絵になるような、だけど自分の中にあるノスタルジーを引き起こされるような、そんなストーリーであることが多い。

のに対し、本作は結構残酷。割と青春の嫌な面とか、たぶん黒歴史って呼ばれるほうのサイドよりにフォーカスしている。

■対を成す親友
バディものって、真反対だけどパズルのピースみたいにぴったり合う!みたいな作品がノーマルかなって思うけど、本作はそうはいかない。真反対な人生が、結局彼らの未来のレールを違える原因になってしまう。
1番悲しかったのは、マイキーとスコットの境遇の違いによる選択肢の有無。
ホームレスのおじさまに集ったあとに半グレ精神で盾ついて正論ぶちかましてみたり、男娼やってお金もらったり、(世間体的には)ワルい青年たちとつるんで空き家で騒いでみたり。
これ、一緒になって楽しんでるうちは全く問題ないけど、よくよく考えてみると、スコットだけには「いつだってやめられる」という選択肢が残されている。とどのつまり、先ほど列挙した「ワルとしての行為の数々」は「ただの青春時代の1ページ」でしかなく、スコット本人もそのつもりで片足突っ込んでいるだけのこと。
これだけ聞くと至極当然だし、普通の大人としては全く間違っていない。むしろ正しい精神だといえよう。
ではマイキーはというと、そんな悠長なこと言ってる場合ではないんだな。
彼には生まれながらにして選択の余地が全くない。おそらく学校に行くという選択も、親の愛を受けるという選択も、子どもらしく遊ぶという選択肢もはなから存在していない。男娼も遊びなんてもんじゃなくて、真の金稼ぎの手段。生きていくための術で、やめるわけにはいかない。
ボブたちと一緒にいるということの意味の大きな違いというか、マイキーとスコットの境遇の隔たりが悲しかったなあ。

■ジャンルはもはやロマンス
こちらジャンル、私から訂正させていただきたい。本作はロマンスです。 [say it out loud]
あれだけ御尊顔のマイキーの恋が実らないんだったら、もう恋できなくても仕方ないって思えるね。 [♫: 違う、そうじゃない]
最近のホットなトピックにLGBTQ+が挙がったりするけど、本作を観てひとつ気がついたのは、性的指向そのものが違えば、自分がフレンドゾーンから抜け出すことは不可能なこと。
だからこそ、マイキーは想いを伝えたとき、あんなに躊躇ってたんだよね…。ふたりは男娼メイトとはいえ、スコットの場合はインカムを得るための手段にすぎないから。切ない。

ちなみに、同カットでのスコットのセリフ“男と男は愛し合っちゃいけない”も、時代背景が如実に表れていた。多分現代だったら割と炎上モノになりそう。

■愛のありがたみ
陳腐なサブタイトルになってしまっだが、これ以外に適切な表現が考え付かなかった。
“金をもらわなくても愛することができる”について、考えたこと。
人間は遥か昔から、それこそ貨幣の概念ができる前から、何か物品を得る際には自身の持ち物と等価交換をしていた。現在はモノと見合った価値のお金と交換という形に形式上は変化したが、根底にある「等価交換」という概念はたしかに存在している。
そんな中で、人間が自身の持ち物やお金を出さなくても唯一もらえるものが愛だってことを忘れがちだなと、改めて感じた。
本作での愛は冷たくて悲しいものへと変わってしまったけれど、たしかにどれだけのお金を詰んで「絶対に私のこと好きでいてね」なんて言ったところで、人の気持ちなんて100%の確証は持てない。

愛は脆くて壊れやすいけど、無償であるべきはずである。
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