開明獣

飼育の開明獣のレビュー・感想・評価

飼育(1961年製作の映画)
5.0
巨星、墜つ。ノーベル賞作家の大江健三郎氏が逝去された。享年88歳。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

同氏の長短編は全作読んできたが、その話法は誰にも真似出来ぬもので、構成力はずば抜けており、現代の一流の文学者で影響を受けてないものはないと言っても過言ではない。初期の実存主義から中期の構造主義的転換を経て、ミヒャエル・バフチンの詩学やロシアフォルマリズムの異化を取り入れた作風は緻密で堅牢な大伽藍のようであった。

常に反戦、反核を貫き、憲法9条改正に反対した。謎の死を遂げた、「マルサの女」「たんぽぽ」の監督の伊丹十三は、義兄にあたる。障碍を持った子を授かり、その子との共生と魂の救済を、ウィリアム・ブレイクやW.H.オーデンといった詩人たちの引用を用いて語っていく様は、大江詩学の一つの完成形を表すものであった。

「万延元年のフットボール」、「ヒロシマノート」、「同時代ゲーム」、「新しき人よ目覚めよ」、「雨の木を聴く女たち」、「憂い顔の童子」などなど、中後期の中長編に駄作はなく、どれも読むに値する書である。

その大江氏がまだ東大在学中に当時最年少で芥川賞を受賞したのが、この映画の原作、「飼育」である。当時は、ジャン・ポール・サルトルの影響の深い実存主義文学で、どろりとした人間存在の不気味さを描いている。

その原作を映画化したのが、カンヌで監督賞をとり、また不朽の名作「戦場のメリークリスマス」を創り上げた大島渚氏であった。これが、独立後の長編デビュー作らしい。

物語は、山中の田舎の村落に墜落した米軍の黒人パイロット兵が山狩のすえ、捕らえられて、村の監視下に置かれるところから始まる。

戦争末期で食糧は逼迫しており、田舎ならではの因習や風土が強く残る村で、事なかれ主義の大人たちや、女性を強姦する村の実力者などの様子が醜く描かれている。

当時としては珍しい女性の嘔吐シーンがあったり、中々の意欲作ではなかろうか。まだモノクロで台詞も聞き取りにくいが、日本の名優が数多く出ている記録としても貴重な作品。

大江健三郎氏の原作ということで、評価にはかなりのバイアスが入っていることは認めます。Amazon Primeで閲覧可能。
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