ベイビー

小早川家の秋のベイビーのレビュー・感想・評価

小早川家の秋(1961年製作の映画)
3.9
久しぶりの小津安二郎監督作品。やはり安定して面白かったです。

今作は松竹を拠点に活躍されている小津安二郎監督が唯一東宝で監督された作品。それにより新珠三千代さん、宝田明さん、小林桂樹さん、森繁久彌さんら、東宝スターが勢揃いした貴重な一本となりました。

小津安二郎監督作品の特徴と言えば、少し低い位置にカメラを据えた美しいアングル。もちろん今作も健在で、その美しい構図に役者さんたちが映ることで自然とキャラが際立ち、そのせいかセリフも滑らかに耳に入って来るんです。

今作で一番キャラが際立っていたのが、山茶花究さん演じた番頭ですかね。社員の丸山が喋り出すと、直に「違う違う」と言うのが口癖。そうやって軽妙に人の言うことに否定して、しっかり正しい情報を教えてくれるナイスキャラ。よく考えてみると、そうやって会話を粒立てて、人物の相関図や事の成り行きを分かり易く説明してくれてるんですよね。本当最高のストーリーテラーです。

話を分かり易くしてるといえば、もう一人忘れてならないのが新珠三千代さん演ずる小早川家の長女の文子。彼女は事の成り行きを説明する役割ではなく、小早川家が抱える家庭の問題を伝える担い手。自由奔放な父の万兵衛の生き方を嫌味たっぷりに愚痴ることで、見事に小早川家の家庭の事情を指摘しています。

その新珠三千代さんが本当に素晴らしい。そして何より美しい。長男の未亡人である秋子を演じた原節子さん、次女の紀子を演じた司葉子さんも美しく素晴らしかったのですが、今作では新珠三千代さんの存在が一際でした。

撮影時も小津監督が新珠三千代さんのことを大変気に入られ、撮影中ずっと「松竹で作る次回作に主演してくれ」と熱心に懇願する場面もあったとのこと。そのエピソードも容易に頷けるほど、今作の新珠三千代さんの存在は目を惹くものがありました。

小津安二郎監督作品のもう一つの特徴として、タイトルの付け方にあると思います。

「秋刀魚の味」でサンマのサの字も出て来なかったり、「東京物語」では東京の名所が一つも出て来なかったり、小津監督作品のタイトルは、直接的な意味で本題と関わりません。

本作も同じです。「小早川家の秋」と言っておきながら、この物語の季節は夏です。蝉が鳴き、蚊取り線香を焚き、団扇をあおぎ、スイカが旬な夏真っ只中です。秋の気配は感じられません。原節子さん演ずる小早川家の長男の未亡人の名は秋子ですが、もちろんその"秋"とは違うみたいです。だとしたら、この「小早川家の秋」の秋とは、一体どこに掛かっているのでしょう。

男心と秋の空…

現在では「女心と秋の空」と言う言葉で耳に馴染んでいると思いますが、本来は「男心」として使われたのが始まりだと言われています。その意味としては、「心」も「秋」も、共に移り変わりの早さを表しています。

この言葉を当てはめれば、"秋"というのは万兵衛の浮気心を指しているようになります。"浮気心"と言うよりも、奔放で澄んだ心と言った方がいいのかも知れませんね。自由にありのままに…

そう考えると、秋子も紀子もありのままな人生の選択をして、自分らしい幸せを見つけようとしています。文子は文子で長女としてしっかりしてながらも、歯に絹着せぬ勢いで言いたいことを言う性分。これはこれである意味自分らしく生きている証拠ですよね。

最後は煙突の煙が青い空に溶け、その妙な寂しさは、夏の終わりと人生の終わりを告げているように感じてしまいます。夏が過ぎて秋となるように、季節を巡れば家族の形も流転するものです。

小津監督らしさが詰まった素晴らしいホームドラマ。これからもどんどん小津安二郎監督作品を観ていきたいと思える素敵な作品でした。それから新珠三千代さんの作品も少し追いかけようと思います。
ベイビー

ベイビー