ベイビー

悪は存在しないのベイビーのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.6
繊細にして大胆

静寂を保ちながらゆっくりと描かれていく物語の冒頭。ハイハットシンバルから弦楽器演奏へと移り変わる石橋英子さんの音楽がとても素晴らしい。その耳心地の良い音楽が不意に途切れることにより、物語に何か不穏な空気が漂います…

冒頭に映し出された枝を見上げた景色は、ここで描かれた人間関係そのもの。様々な樹木が自分の生命維持のため、他の木との干渉を避けながら自らの枝を伸ばしていき、バランスを見て“森”という社会の秩序を保とうとしています。

「悪は存在しない」

世の中の道理を追求すればそういうことになるのでしょう。社長やコンサルの男も利益だけにしか目が届かないだけで、人を貶めようという悪意があるわけではありません。ただ彼らは“無知”なだけで、悪意なく垂れ流される汚水が、下に居る何も関係のない人々の土壌を汚すのも、全て無知のせいなのです…

そんな繊細なテーマを的確に描き切る構成はとても素晴らしいものがありました。スローライフ、グランピング、説明会、リモート会議… その描かれて行く一つ一つが見事な布石となり、あの余韻を残す大胆なラストへと繋がります。

作品を観ながら何かが紐解かれて行くような感覚。そして予測できないラスト。頭の中ではしっかり事の成り行きを見届けている筈なのに、いざ言葉にしようとしたら言語化しにくくなってしまう不思議な作品。一つ一つのセリフに全く無駄が感じられず、物語として本当に文脈が美しいと感じられました。

そして作品の中に多く描かれていた対比や反転の見せ方がお見事でした。始まりと終わり、白い空と暗い空、静寂と唐突、都会と自然、上と下、悪と正しさ、バランスと崩壊…

そのように対比を意識すると、黛と高橋はバランスと崩壊の象徴に思えてきます。ラストで傷を負った(手負の)黛は、昼と夜を繋ぐ夕日に向けて祈ります。

それは安否を気遣う姿。良い結果と悪い結果の想像が交錯する憂い。夕日に立つ黛は明と暗という均衡を繋ぐ姿であり、鹿と花の間にあったバランスを示唆しているよう感じられました。その真逆として高橋は…

本当はラストについてもう少し話たいのですが、ネタバレになりそうなのでコメント欄へ入れておきます。

ずっと前から観るのを楽しみにしていた作品。
期待以上に面白かったです。
ベイビー

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