ベイビー

オッペンハイマーのベイビーのネタバレレビュー・内容・結末

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.6

このレビューはネタバレを含みます

量子とは粒子であり、波状であり
天才とは慧眼であり、盲目であり
彼は功労者であり、罪人である

物事は観測点により見え方が変わるもの。それで言えば、日本人として観測したこの作品は、とても痛みが残る内容でした。

ただでさえ小難しい物理学の話を、時系列の入れ替えによって更にややこしくさせる変態っぷり。そこに政治的な駆け引きまで絡めてくるのですから、3時間物語を追いかけるのに必死ですよ。

トリニティ実験成功までのプロセスとそれ以降の公聴会での政治的なやり取り。ざっくり言えばその二部構成から物語は成り立っているのですが、物理学の応用を作品と重ね合わせると、この物語を構築する基本構造は一つだと言えます。

例えば物理学の基礎知識として、量子もつれの観測により、量子は粒子の性質と波動の性質を持ち合わせていることが分かっています(波動粒子二重性)。

また、本作の主題とも言える原子爆弾の構造は、プラトニウムやウランといった元素に中性子を衝突させることにより、原子核が二つに核分裂され、核分裂と同時に平均2.5個の中性子が飛び出し、連続して核分裂が起こることにより、巨大なエネルギーが波動となって放出されます。

それら作中にも説明されていた物理の知識を作品に結びつけると、前半の原爆実験の過程はもちろん、後半のストラウスとの攻防も先の物理の応用が活かされていることが分かり、この物語全体が物理法則によって作られていることに気づくのです。

時代の潮流としてドイツやロシアとの原爆開発競争があり、その開発レースに勝つために役割を担ったオッペンハイマー。彼はチームの中核となり、人と人を繋ぎ、質量を上げエネルギーを連鎖させながら実験を成功へと導きます。その一つの“個”が野心と情熱を傾け、イメージを拡散させながら膨張していくエネルギーの姿は、不思議と原子爆弾の構造と重なって見えます。

そして後半によるストラウスとの駆け引き。昔ストラウスがオッペンハイマーから受けたたった一つの屈辱が起因し、一瞥もなかったアインシュタインの姿が引き金となって、ストラウスの猜疑心と怒りが堰を切ったように膨張していきました。

ほんの些細な屈辱が核分裂のような連鎖を繰り返し、ストラウスは綿密に策を重ねながら、私怨でオッペンハイマーを破滅に向かわせました。この政治的プロセスもまた、原子核が肥大化していく、物理学の法則と重なっているよう感じられます。

「インセプション」で、「アイディアは最も強力なウイルスだ」と言っていましたが、本作でもたった一粒の執念が想像を膨らまし、強力なウイルスとなって波動のように周りへ伝わっていきます。それはオッペンハイマーの野心であり、ストラウスの猜疑心も同じことと言えます。

こうして作品を振り返ってみると、歴史とは人という個が作り出し、そして人と人が絡み合い連鎖する波動により作られているのだと感じました。人もまた個と集団との二重性でできており、個のエネルギーが集団に伝播するさまをこの作品は描いているようでした。

ラストで描かれたオッペンハイマーが想像する水素爆弾戦争が勃発し、地球が壊れて行く恐怖。その映像は冒頭での雨粒が水溜りに落ちるシーンと重なり、二重性の効果を存分に活かしているよう感じられます。

雨粒が水面に落ち、そこから広がる数々の波紋。それはあたかも物理学そのものを表しているようであり、原子爆弾の姿そのままであり、“想像”、“アイデア”、“嫉妬”、“恐れ”、“怒り”など、人がもたらすエネルギーの全てを示唆しているように見えるのです。

3時間という大作にもかかわらず、思考を追いつかせることに必死で微塵も長いとは感じませんでした。

そして俳優陣皆さんの演技も凄かったです。オッペンハイマーを完璧に演じたキリアン・マーフィさんの演技も良かったのですが、やはり一番はキティー夫人を演じたエイミー・ブラントさん。もう別格と言えるほど、彼女の演技は素晴らしく感じられました。大好きです。

それから映像はもちろん、音響効果や音楽が本当に良かった。観れる環境にあるのなら、ぜひIMAXで観ていただいたい!
ベイビー

ベイビー