Gan

ピアノ・レッスンのGanのレビュー・感想・評価

ピアノ・レッスン(1993年製作の映画)
4.3

エイダにとっての言葉はピアノであり、突き詰めればピアノ自体がエイダの分身。
最初は野蛮な動機ながらも、彼女の言葉≒ピアノを聴こうとし、自分に触れてほしいと迫るベインズは、ピアノ、即ちエイダと同値になり、愛を結ぶ。

本来であれば、ラストシーンでエイダはピアノとともに深海へ沈む予定だったそう。
確かにその方が作品としての完成度は高かったかもしれない。鑑賞中もそう踏んで、「綺麗な終わり方!間違いなく名作!」と手を放しそうになった。
"グラン・ブルー"的な。
しかし監督の母による自殺未遂を前に、カンピオンは脚本を書き直した。つまり、これが「生き直し」の結末に繋がったのである。
結果的に自分の中で、名作から傑作へと羽化するに至る。
傑作は、名作に比べ、何か欠けている場合が多い。その欠落が超強力な魅力を持つのかもしれない。王道と邪道の良いとこ取りというか。

さらには、エイダと娘・フロラの関係も、監督自身の過去が投影されているという。
そういった意味でも、本作には、作品づくりにおけるお手本のような清潔感と艶やかさが宿っている。
作中に作者が、嫌味なく立っていた。嫉妬と憧れが綯い交ぜ!

娘が純粋さゆえに母の指を失わせてしまうという結果も興味深い。
また、途中で絶対エイダが言葉を話すシーンがあると思っていたが、そんな分かりやすい演出手法はとらなかった。ここに本作の魅力と覚悟を感じた。短絡的な思考の自分を恥じる。

この年は『さらば、わが愛 覇王別姫』に次いで、『シンドラーのリスト』も公開された伝説の1年。
惜しくも本作はアカデミー作品賞を逃したが、こういった静謐かつ情熱的で文学的な映画がもっと作られてほしい。

映画の可能性を観た。
Gan

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