そーいちろー

あるじのそーいちろーのレビュー・感想・評価

あるじ(1925年製作の映画)
4.2
なんてことない映画である。事業で失敗し、不満を募らせ家族にあたることでしかその憂さを晴らせないヴィクトル。家族を支えつつ、ヴィクトルの痛みに寄り添いつつ健気に家庭を盛り立てる妻イダ。その二人を支えるお手伝いのマッス。物語は横暴三昧、ドメハラ三昧のヴィクトルが、妻を失い、その大切に気づくまでの、ありがちな家族もののメロドラマである。でも、この映画はなんでこんな愛おしいんだろうか。サイレントでありながら、この映画はどんな有声映画よりも雄弁である。ドライヤーは信仰や宗教と向き合いながら、突き詰めていけば「信じること」「愛すること」をずっと撮ろうとし続けてきた人なんじゃないか、と勝手に思った。彼の傑作「奇跡」は、まさに信仰とは奇跡の体現であること、奇跡とは誰しもが信仰を諦めた、それでもなお信仰し続けることでしか実現し得ない、とてつもない苦境を描いた映画であったのだが、本作も全く同じマインドを感じた。これを安直なフェミニズム映画、みたいな安いくくりで観るのではなく、「愛」「信頼」とは何であるか、家庭とは結局、家族それぞれの席が用意され、団欒することにあるとラストワンショットで分かりやすく映し出したドライヤーの意志の強さに心打たれる。ドライヤーを観るたびに、ジャン=リュック・ゴダールがいかにこの監督から強い感銘や影響を受けてきたかを感じざるを得ない。どこが、とかではなく、それはそう感じてしまうから仕方ない。いつも通り、変な筋にはこだわらず映画としての強みのみで押し切るドライヤーは本当に素晴らしいと思う。
そーいちろー

そーいちろー