そーいちろー

オッペンハイマーのそーいちろーのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.2
とりあえず、無事に本作が日本公開されて良かった。下手するとハリウッド映画史に残る一本と思えるぐらいの労作、傑作だった。本作は「原爆」という大量破壊兵器を生み出してしまった天才科学者の苦悩と孤独を描いた映画でもあり、様々な思惑や陰謀が交差する心理劇でもあり、第二次世界大戦から赤狩りにかけて、世界一の大国となり東西冷戦に向かうアメリカの実相を描いた歴史映画でもある。戦争終結の英雄であり、人類の知性を大きく前に進めた天才でもある。善悪はあえて問わないとして、「マンハッタン計画」という途方もない国家プロジェクト、束ねる人々のレベルも予算規模も、そして取り組むテーマが本当に未知のものであることも含め、これだけのプロジェクトを無事に「成功」に導いたオッペンハイマーという男のプロジェクトマネージャーとしての力量の凄さ、という点で見ればある種の仕事映画とも言える。その目的が大量破壊兵器による大量殺人、であるというのが皮肉ではあるのだが。歴史というのは残酷なもので、その大義が果たされた瞬間、必ずそれを成し遂げるために大きな貢献をした個人は生贄として、その後の「秩序」から排除される。それを主導するのは、大抵はその大義を理解しない、あるいは自身の利益のためにしか捉えない凡人であることが皮肉なことであるのだが。本作はその点で孤高の人オッペンハイマーと対する政治家である俗物のストローズ、という構図で展開するプロットも秀逸。これだけオッペンハイマーが共産主義や左翼運動に近いところにいた人間であったのも知らなかったし、アメリカというのがこれだけ揺れながら大国というものを維持し続けてきた、というのも改めて知る形となった。この作品を観ると、改めて何らかを成し遂げる人間や天才達、というのは一種の倫理観というものの欠如の中で揺れ動いて生きているのだな、と思うこともある。いずれにしても観なきゃ始まらない一本。核分裂と核融合、量子力学といった物理学モチーフが、実際の我々の関係性においても大きく関係し、その物理学の恩恵を大きく受けたものが映画であるということも考えさせられるような一本だった。
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