亘

πの亘のレビュー・感想・評価

π(1997年製作の映画)
3.7
【イカロス】
数学者マックス・コーエンは、数学で世界をすべて理解できるという考えを持っていた。ある日自作のコンピュータが故障直前に出した216桁の数字から、彼の強迫観念に拍車がかかる。

216桁の数字に取りつかれた男の強迫観念を視覚化したような作品。メタファー満載の幻想シーンと白黒の映像、不協和音で主人公の内面の不安定さが表現されているし、のちの「レクイエム・フォー・ドリーム」につながるトリップシーンもあってみている側の不安もあおる。

数学者マックスは、知能が高いが他人と上手く関われない。日々自作のコンピュータで株価予測をしていたが、ある日コンピュータが、あまりにも安い株価をはじき出し謎の216桁の数字と共に故障。しかし株価が実際に下落すると、マックスはその216桁の数字が「真理の鍵」と考えて失った数字を探し求める。

216桁の数字にマックスの人生が狂わされる。証券会社の女性に取引を持ち掛けられ、喫茶店では謎のユダヤ教徒と出会う。一方で自分の師匠ソルには「ただの数字」と一蹴される。マックスは持病の頭痛と戦い、幻覚を見て、周囲の尾行者から逃げながらも216桁の数字を探し続ける。

今作のテーマは、「世界を支配しようとする人間への批判」かもしれない。マックスは、知能が高く今作で最も真理に近かった。いわば太陽に近づいたイカロスなのだ。思えばマックスは6歳の時に太陽を直視し、それが原因で驚異的な計算能力と共に頭痛を得た。彼は一度「真理」を手に入れ損ねたといえるだろう。
一方で彼に近づく人間もまた216桁の数字を通して世界を支配しようとしている。マックスは[知識]、証券会社の女は[経済・金]、ユダヤ教徒は[宗教]それぞれ手段は違えど世界を手に入れようとしている。そして彼らも数字を盲目的に追う。

そしてマックスは強迫観念に襲われる。マックスが夢で時折見る脳のイメージは、まさに記憶の底から216桁を絞り出すことや彼の頭痛を表しているように思う。そして時折現れるアリは、数学の秩序だった世界を妨害するノイズのようにも思える。

結局マックスは真理を得られないが、それは師匠ソルにも予言されていたと思う。ソルはかつて40年研究していたが今ではもう引退した。彼がマックスにかける言葉「単なる数字に過ぎない」「科学的思考を見失ったお前は数占い師」という言葉は、まさに本質を見失ったマックスの姿。そして終盤にマックスがユダヤ教徒にかけるセリフ「数字自体ではなくて大切なのは意味だ」というのは、ある意味彼自身へのブーメランだと思う。
ラストシーンでマックスは計算能力を失い”凡人”になる。まさにイカロスは地上に落ちたのだ。

印象に残ったシーン:マックスが発狂するシーン。
印象に残ったセリフ:「数字自体じゃない、意味だ」
亘