チッコーネ

絶対の愛のチッコーネのレビュー・感想・評価

絶対の愛(2006年製作の映画)
5.0
異常と呼んで差し支えない性格を持つ女性が引き起こす、ドロドロの恋愛劇を描く。

男性監督がこうしたテーマを選ぶと、自身の理想を投影するあまり、ナンセンスな内容へ流れやすい。
しかし本作は展開がかなり極端なので、いつの間にか物語へ没入してしまった。

恐らくキム監督は本作の製作にあたり『POSSESSION/ポゼッション』(アンジェイ・ズラウスキー監督、イザベル・アジャーニ主演)を意識している。
『ポゼッション』は、夫の持つ秘密に懊悩した妻が、自らも秘密を持つべく異常な行動へと駆り立てられる姿を描いた、不朽の怪作だ。

しかし『ポゼッション』は本作同様の『異形の愛』というメインテーマだけでなく『善と悪の二極に分断される、キリスト教圏の個人』というサブテーマを湛えていた。
その重層的な構造が、全体に得体の知れない深みを与えていたのである。

作品を観るたびに感じるが、キム監督は思想より行動を優先しがち。その性急さはひとつの個性だ。
しかし脚本もひとりで手掛ける頑なさ、視野の偏りが『未解決の欠点』として、常に彼の作品へ付き纏っているようにも、見受けられる
(また特に室内で、画面をテレビドラマのように見せてしまう『照明センスの欠如』も気になる)。

本作で監督が表現したかったことは、直感的に理解できた。
正直、かなり好きな映画である。
しかし韓国女性であるヒロインの抱える闇(もっとわかりやすく言えば、根深い自己否定)についての洞察も並走させておかないと、多くの人に『エキセントリックなB級映画』という印象しか与えられないのではないだろうか。

本作のラストには『ポゼッション』で最も印象的な『地下鉄構内で発狂するイザベル・アジャーニ』を彷彿とさせる場面が、用意されている。
しかし個人的には、中盤の『覆面シーン』の方がずっと印象に残った。
シュールで不気味で、しかも観る者を爆笑させずにはおかない…、監督の特異なブラックユーモア感覚が、濃厚に漂っていたからだ。

作品の完成度に関しては『ポゼッション』を圧倒的に支持してしまう。
しかし『覆面シーン』には、映画史上稀に見る刺激が横溢しており、
唯一無二の奇怪な表現として、本作を特別なものにしていた。
「今後の作品でもあのような興奮に出合えるのなら、やはりキム監督の映画は観ておこう」と思わせるに、充分だったと思う。

※ちなみに覆面シーンは、KATE BUSHの『Running up that hill』のMVを想起させた