狭須があこ

駅馬車の狭須があこのレビュー・感想・評価

駅馬車(1939年製作の映画)
4.0
西部劇のたのしさが詰まっていました。
これ見ながらタランティーノとハイタッチしたい

運命共同体。一期一会。
たまたま乗り合わせた人と、人生を進めていく。同じ状況でいろんな行動をとる人が居て、死ぬ人も生まれる子供も、みんなでいまの、同じ時間を生きている。
こういう感覚、いまの私にはとても薄いんですよね。

フォローボタンを一回押せば、人を選んで繋がれる。フォローボタンをもう一回押せば、その人とバイバイできる。
関わる人を自由にえらべるこの時代、「駅馬車」でたまたま出会った個性がワイワイやってる空間、めっちゃキラキラして見えてしまいます。

彼ら、お互いを選んだんじゃないんですよ。たまたま顔を合わせた人と、ケンカしたり、仲良くなったりしてるんですよ。それでこんな賑やかな空間になるのって、なんていうかやっぱり羨ましくないですかね。
それぞれ事情を抱えているけど、相手の事情も近くにあって、手を差しのべるときもある。
現代にも友情はあるけども、人情ってなかなか少ないんですよね。自分で選んだ人が周りに溢れているから。

終盤の、馬車と馬のチェイスもテンション上がりました。
ウエスタン映画の好きなところ、盛り上がるとこで緊張感のあるサントラじゃなく、陽気な音楽かかるじゃないですか。
あれがね~、愛しいんですよ。

「走りながら撃ち合って命のやりとりをしている」ことよりも、「この時代で風を切って今を生きる気持ちよさ」みたいなものが伝わってくる気がするんですよね。現代のウエスタンでもやってほしいなぁ。

あとなんか、めっちゃ顔の長いイケメン紳士が気になって調べたら、キルビルのビルの人のお父ちゃんでした。あぁそうだった、めっちゃ昔の映画なんだなこれ。
時代を超えて来てくれて、ありがとう。
狭須があこ

狭須があこ