次男

ペパーミント・キャンディーの次男のレビュー・感想・評価

4.3
イ・チャンドン監督、「オアシス」は韓国映画で一番好きだし、「シークレットサンシャイン」は最上の意味で困惑と学習の一本だった。ほんで本作。この監督、ほんと、なんなんすか?HP少ないときは観られへんわ。

ある男の人生の話。

人生を語る名作・人生を遡ってく名作はたくさんあるけど、その語る手段・便宜ってのが、なかなか難しい。「孫に聞かせる」とか「日記を読み解く」とかいろいろあるけど、なんだかどれも、僕らに聞かせるための理由付けみたいで。

この映画には、必然性が備わってる。僕らに伝えるために人生を振り返ってるんじゃなくて、振り返るべくして振り返ってる人生を僕らが観ている感じ。
すごく些細なようで、それが人生譚を語る上ですごく重要なことだとよくわかった。平たく言うと、すげー乗れる。

いやあ、ほんまに人生を観た気分だ。


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ネタバレ
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個人的に驚愕のラストカットだった。
歌う旧友たちから離れ、ひとり河原で花を見、泣き出すユンホ。あのユンホが、1979年のユンホじゃないっていうある種のトリック。

遡ってく仕組みだと理解した上で鑑賞してたけど、ラストカット、ユンホの涙でわかるのが、「回想じゃなくて走馬灯」ってことだった。や、それは冒頭からわかるっちゃわかるんだけど、これは客に観せるための映像じゃなくて、ユンホの頭の中の映像なんだなあと。大袈裟に言えば、「その当時のユンホの事実」じゃなくて、「ユンホが振り返ったその当時」というか、回想シーンのユンホは過去のユンホでありながら電車を目前にした1999年のユンホだし、最後涙しているのは1999年のユンホで。

とても肉厚な物語だから、ただシンプルにユンホの史実を遡ってくだけでも十分な見応えだろうに、「彼の視点である」ってことがかくもドラマチックにさせる。

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ほかにもすごいこと山盛り。

電車の使い方うますぎる。
電車っていうモチーフが、物語の構成を明確にしてる。電車の逆再生、コロンブスの卵すぎるし、それとなく、でも確実に逆再生をわからせる巧さもにくい。思い返せば1カット目も最適すぎるしなあ。

物語の選び方・抜き出し方が本当に巧い。
「誰か一人を選ぶのは難しい」と語る、ユンホの言葉どおり。戻りたい、帰りたい、どこに?どこからやり直せば?
客向けのストーリーテリングの面白みとして時間軸を操作することはよくあるけど、この映画の進行の仕方は必然的。遡らなければいけないし、必然性をもって原初に還っていける。

あと、言わずもがな、役者陣がうますぎる。主演の方うますぎる。もうこんなの本人やん。キム・ユンホそのひとやん。

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じゃあ、この映画観て「後悔のない人生を!」なんて思うかって、そんな言葉は到底でてこない。そんなわけにいくかってことを痛感したから。

ユンホは、高架で電車を受け止め、劇的に悲観してみせたけど、程度の差こそあれ、みんなきっと、たぶん絶対、「こうじゃなかった人生」を考えてしまうものなんじゃないか。想像力と記憶を持ってる副作用というか。

不適切な感想なのかもしれないけど、豊かな人生になればいいなあと思った。幸せな人生じゃなくて、豊かな人生。分岐点を山ほど作って、パラレルワールドを山ほど作りたい。ユンホの人生を見てたら、いろんなことあったんやなあと思って、それは羨ましくもあった。

…って文字にして、それは違うか、と自己否定。ただ単に、人に人生あり、なのかも。どんなふうに生きようと、(「豊かな人生にした〜い!」なんてくだらんこと思わなくても、)誰の人生も、僕の人生もこうなるんやな、たぶん。ユンホの人生が特別なんじゃなくて。偉人も芸能人も、疲れたサラリーマンもお母さんも引きこもり続けたひとも「くだらん人生だ」って嘆くひとも、みんな。


この映画の内容を完全に忘れた頃、その頃にはたぶんけっこう歳を重ねてると思うので、そのときにもう一度。自分の人生を思いながら観たい。
次男

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