Kuuta

わらの犬のKuutaのレビュー・感想・評価

わらの犬(1971年製作の映画)
4.5
終盤で雰囲気が完全に変わるが、個人的には静かな悪意に満ちた前半が特に良かった。

アメリカの都会出身のインテリ、デイヴィッド(ダスティン・ホフマン)が、平穏な暮らしを求めて妻エミリー(スーザン・ジョージ)の地元であるイギリスの田舎町に住み始める。若者はみんな粗暴で下品で、土地に慣れていないデイヴィッドをバカにして見下している。エミリーには性的な目しか向けていない。デイヴィッドは妻の地元での過去をよく知らない分、昔の男っぽい奴もうろついてるし、自分だけが置いていかれるような不安を味わう。自分の世界を守ること(「僕の家だ、僕自身なんだ」)に汲々としているため、妻が自分の物でなくなりそうになった瞬間暴力的になる。馴れ馴れしい宣教師を強引にでも論破しにかかる。

村人は村にしか世界がない。例えば彼らからすれば、知的障害者のヘンリーはどこまでいっても悪だ(もちろん今まで色んな悪さをした経験則から来るものなんだろうが)。エミリーですら最後までヘンリーへの嫌悪感は相当なものだった。都会への劣等感や、閉鎖空間の鬱屈とした感情、馴れ合いや同調圧力が最悪の形で夫婦に襲いかかる。

エミリーがデイヴィッドの気を引こうと黒板にする行為はどれも子どもじみている。一方でデイヴィッドもイマイチ優柔不断だし、仕事ばっかりで妻を気にかけないダメ夫でもある。

デイヴィッドとエミリーの価値観のズレ(エミリーに渡す酒の量やカーラジオの選曲、トースターのやり取り等)や、緻密に計算された目線による心情描写、前半の一見何も起きていないように見えるシーンの数々で、ペキンパーの演出が冴え渡っている。にこやかに理性を保ちながらも一枚皮を剥がせば人の悪意や、ちょっとした心の行き違いが満ちている。こういう見せ方めちゃくちゃ好き。

右ハンドルに慣れてなくてワイパーを動かす場面(外車あるある)や、ぎこちないハンティングスタイルにもこの土地から浮いているダメさが現れている。

中盤のレイプシーンは見ていて本当にしんどい。というか長い。最悪。拒絶、絶望し、一瞬解放され、また絶望させられる。合間合間でデイヴィッドのハンティングシーンが挟まり、呑気な音楽まで流れる嫌らしさ(ただデイヴィッドはこの場面で初めて手を血に染めて狩猟に成功し、暴力への一歩を踏み出す)。観客は散々嫌なものを見せられたのに、デイヴィッドが真実を知ったか曖昧にしているのもペキンパーの周到な作劇である。結局エミリーはデイヴィッドにも不満を抱いていて、村社会に取り込まれたい願望も捨てきれていないんだと思う。その後のフラッシュバックの挟み方が傷をえぐるようでこれまたキツイ。

終盤、あくまで不法侵入者を追い払うための、ある種アメリカ的な自衛策として始まるホームアローンがデイヴィッドの暴力性をどんどん剥き出しにしていく。説明なく謎の「ブーン」という低音がBGMとして何度も何度も流れ不安を煽る。スコットランド民謡と共に戦うナイフ持ちとの一対一の対決が一番好き。ゴルフのスイングみたいに棒を振り回すのがすげーダサくて良かった。「君は寝室に行け」と言って玄関のカーテンを閉めようとするが、そもそも長さが足りなくて半分しか閉まらないのも好き。

最後にエミリーが男を撃ち殺すが、そこまでしてようやく夫婦の心が通じ合ったように見えるのが虚しいし、皮肉めいている。力に目覚めたデイヴィッドの変化がエミリーに影響したのか、このシーンの彼女は冒頭と異なり、ブラジャーを付けている。デイヴィッドが習得した暴力的抑圧の象徴にも見える。オチも綺麗。91点。
Kuuta

Kuuta