シエル

マディソン郡の橋のシエルのレビュー・感想・評価

マディソン郡の橋(1995年製作の映画)
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愛というより、ときめきのなかった人生への悔恨と性愛の衝動を描いた作品。

外の世界を支えにしなければ生きられないような田舎の欺瞞に満ちた暮らしを送るフランチェスカのもとに、ふらっとやってきた色気のある男、ロバート。

これは一生に一度の愛だ、とか、一心同体、とかロバートは言うけど、うん、まあ本人にとってはそうなのかもしれないけど、外から見たら、“最後に一花”の衝動にしか見えない。

フランチェスカが恋に落ちる理由はわかる。
だってつまんないんだもん、毎日が。これまでずーっとつまんなかったんだもん。
「私は家族に一生を捧げました。この身の残りは彼に捧げたいのです」って言うけど、うん、まあこれも本人にとってはそうなのかもしれないけど、捧げたいんじゃなくて、彼から愛される身を味わいたい、ってことじゃない?

この話が美しく見えるのだとしたら、それは四日間で終わらせたからこそ。
子どもたちは遺された物語を最終的には理解したが、もう少し若かったら無理だったろう。

夫や子どもに尽くした。つまり彼らのことを程度や形に違いはあれ愛していたと言える。
むしろロバートのことを愛していたかと言えば、そうではないのでは?
彼はフランチェスカにとってここではないどこかへ行ける(はずの)装置だったのだ。

不倫が愛かどうかというのは非常に見分け難いことだが、そもそも愛というものが明確に定義できない不可解なものなのだから仕方ない。

(過去の鑑賞メモ)
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