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居酒屋兆治のnoteのレビュー・感想・評価

居酒屋兆治(1983年製作の映画)
3.6
北海道・函館。藤野英治はリストラの担当者としての道徳的な罪悪感から船会社を自主退社して、小さなもつ焼き屋「兆治」を妻の茂子と夫婦で営んでいた。平凡ながらも幸せな日々を送っていた英治の前に、ある日、かつての恋人さよが現われる。英治のことが忘れられないさよは、やがて荒んだ生活に身を委ねていく…。

ヤクザや訳ありの男ではなく、居酒屋の親父という等身大の庶民を演じる健さんの姿は、実に伸び伸びとしていて爽やか。
健さんの映画に欠かせない個性派俳優たちも店の客として登場。
常連客の何気ない会話から、様々な人生模様も伝わってきて、あたかも自分のその場にいるような錯覚を覚える。
映画ファンとしては、打ち上げや同窓会を見ているようで居酒屋のシーンはとても楽しい。

ヤクザ映画と同じくらい、会社の縦社会や義理人情に我慢に我慢を重ねたんだろう…と健さんの雰囲気が思わせてくれる。
もしも自分が主人公と同じリストラ担当社員だったら、たぶん主人公と同じような道を選択するだろうと、見る者は彼に共感する。
夫を支える妻役の加藤登紀子の恐らく普段そのままの演技が、平凡でいながら、幸せな夫婦であることが自然と伝わってくる。

しかし、この映画の本当の主役は昔の恋人役・大原麗子だ。
未だ忘れられない昔の恋人・英治への熱い思いは、大人の男性向けのメルヘンだろう。
こんな美人に一途に惚れられたら、例え女房がいても心は揺らぐ。男のモテ願望だ。

男女問わず、遠い昔の恋の思い出は持っているものだ。
メールもSNSもないこの時代、人知れず想いを伝える手段は乏しい。
会いにいくのも、電話をするのも、英治と妻との幸せを壊してしまう。
英治に会いたいと心を焦がすけれど、英治のためを思うと、会いに行けないと悩み苦しむいじらしさ…。
物語と同様に若くして亡くなった大原麗子の純粋で痛々しい演技は今見ても「美人(佳人)薄命」の言葉を思い起こさせ、胸を打つモノがある。
今でいう「メンヘラ女」の一言で片付けて欲しくはない。

健さんが熱唱する主題歌「時代遅れの酒場」も、この暖かくも切なく悲しい人間ドラマにふさわしい。
哀愁を帯びた高倉健の声の低温の響きが、胸に染み渡る。

登場人物の多くが何かしら人生で上手くいかないことあって、もどかしい思いで日常を過ごしている。
その日頃の憂さを晴らすのが、居酒屋。
行きつけの飲み屋に時々行きたくなるのと同じように、ふと「また見たいな」と思わせる作品である。
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