YasujiOshiba

ルチオ・フルチのザ・サイキックのYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

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U次。英語版。これはおもしろい。イタリア語の原題は「Sette note in nero」。訳すと「7つの黒い音符」。じっさい、腕時計から流れる旋律は「Sette note」というタイトルのメインテーマであり、この映画の核心に響くもの。

ジェニファー・オニールがよい。1976年にヴィスコンティの『イノセント』、翌年がこの作品。そのあと1981年にはクローネンバーグの『スキャナーズ』。タイトルだけ見るとギャップがあるみたいだけど、カメラに映ったときの表情が抜群によい。とりわけ、フルチの使い方は彼女がメインであり、その美しい瞳を見開いて見るヴィジョンがミステリーとなる。

見事なジャッロ。そこに時代の流行でもあるパラノーマル心理学がかんでいるとしても、謎を解きながらラストの「7つの黒い音符」へと導いてくれる手腕はみごと。なるほどフルチはジャンル映画をギリギリまでつめてゆく監督なわけだ。

そのパラノーマル科学を半信半疑ながら信じる科学者ルーカを演じるのマーク・ポレル。最初に観たのはヴィスコンティの『ルートヴィッヒ』(1972)の召使いの役で、同じヴィスコンティの『イノセント』では小説家だったっけ。彼の甘い眼差しもの印象的だよね。

それからフルチの馬へのこだわり。この人は大好きなんだよね。のちに娘の落馬事件とかあるのだけれど、オニールの美しい乗馬のシーンから(たぶん吹き替えだけどね)、乗馬大会の美女がからんでくるプロットは、フルチの好みが反映されているんだろうな。

気になっているのは、乗馬大会の写真に写っているアンニェーゼという名前の美女。写真しか出てこないんだけど、これってたぶんマリーサ・メルだよね。裏が取れないのだけれど、見れば見るほど、メルのような気がするんだけど、どうなんだろうか?

最後に、生きたまま壁に塗りこめらるというプロットの着想はポーの『黒猫』だというのだけれど、ぼくはふとベロッキオの『私の血に流れる血』(2015)の「モンザの尼僧」のエピソードを思い出した。マンゾーニが『いいなずけ』のなかに描くものでもある。ようするにイタリア的でもあるってことは確認しておきたいところ。
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