海

リリィの海のレビュー・感想・評価

リリィ(2003年製作の映画)
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わたしにとって、あなたや世界のことを考えないただ純粋なわたしにとって、本当に大切なものは、未来じゃなくて過去の中にあって、未来がある今じゃなく過去にとりつかれている今の中にあるんだとまた解らされた。11月の手紙、キャットタワーの端に積まれた本、その中にある物哀しく愛おしい話や、空気や季節や時間を両手で切りひらいて抱くような短い詩、客席で飲み干した音楽、映像より雄弁な写真、落陽のように熱く激情に満ちているのに静謐で丹念な舞踏、誰かの体と心が動いていた証に自分が生かされていることをわかっていてそしてそれを食い活動するたったひとつのこの体をどこへ向かわせようかと過ごしてきた幾多の夜明けの指の先に訊ねながらひたすら歩いてきた。歌った曲のほとんどを、書いた詩のほとんどを、描いた絵のほとんどを、わたしは誰にも明かしたことが無い。たぶんわたしはずっとそういう人間だと思う。どこまで行けるかわからなくてもここがいいの。夢みたいな馬鹿なことをずっと考えてる男たちと、彼らに未来を委ねていつも2つのうち1つを選択するだけの女たちがいるあの場所で、ただひとり吹かれるままに往く明るく優しい陽光のリリィは、暗く虚しい雨雲のリリィは、4年後もうどこにも居ない。あるひとはわたしを、花を育てられる大地だと言った。あるひとはわたしを、そこにいけばいつでも変わらないすがたで待っていてくれる海だと言った。終電の近い夜、駅のホームでストラップを落としたおじさんはわたしの手から小さなストラップを受け取りながらきみは天使だと言って泣いた。おじさんはきっと酔ってた、きついお酒の匂いがした。わたしは大地じゃなくて海じゃない、天使でもないけれど誰かがわたしをそう呼ぶのならわたしはいつまでも、そのひとが死ぬ瞬間まで、そのすがたをしていられたらどんなにいいだろうと思う。誰かの前で、みっともなく泣いたり、大きな声で笑ったり、本音で話し合ったりできなくてもいいからそうなりたい。話せない人形でもいい、人生がおわるまで演劇の中でもいい、そこにわたしにとってのわたしが居なくてもいいからあなたの望むときにあなたの望むわたしのすがたであなたを抱きしめてあげたい。そしてそれをさみしいと感じたくない、泣きたくない、後悔したくない。間違っていてもいいから、それを愛と呼べたらいいのに。
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