海

VORTEX ヴォルテックスの海のレビュー・感想・評価

VORTEX ヴォルテックス(2021年製作の映画)
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死について考えるとき、渡船で渡った小さな離島の海岸で、空を飛ぶときのように羽を広げた姿で死んでいた海鳥のことを思い出す。今まで家族や親しい人の死を経験したことがないから、わたしにとっての死のイメージは、あの海鳥に直結しているのかもしれない。だけど、わたしはこのさき誰の死と向き合うことになっても、むしろその相手が自分にとって大切であるほどに、あの海鳥の死を思い出すはずだと思う。海水に濡れた風切羽のあいだから砂浜が見えていた。からだのほうへたわいなく曲げられた首のさきに小さな頭があった。むきだしの骨をとおりぬけていくひんやりとした風はおなじようにわたしのことも撫でた。生きていた体に満ちていた死。死というものが、死という言葉以上のものとしてわたしのまえにあらわれたのは、あのときがはじめてだった。/人生におとずれるほとんどの物事は、名前を知るまえからそこにあって、わたしたちは名前を知らないままその箱に手を入れて、飲み込まれるか噛みつかれるかと怯えながらかたちを確かめる。はじめは虫かごで、やがてエレベーターになって、つぎに家になって、さいごに棺になる。そこにあったものでつなげていく話と、そこになかったものでつながっていく話、からまってほどけなくなって、なにもかも嘘だったみたいに暗くなって、後悔に満ちた部屋の中でたおれて、今まで得たもののすべてをさいごに失って、朽ちる前に焼かれ、埃をかぶる前に運び出され、終わりのある物語が終わりのない物語として語りつがれ、わたしはあなたを失い、わたしはわたしを失い、わたしたちの家はわたしたちを失い、廊下も寝室も役割を忘れる。そうやって閉じていく、空っぽの、悲しいそのひとの手に、それでもなにもかもがあるように、わたしには見えた。おなじベッドの中でねむる、おなじ花の中でねむる、おなじ夢の中でねむる。
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