海

小説家の映画の海のレビュー・感想・評価

小説家の映画(2022年製作の映画)
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 春の日を思い出すとき、かならずわたしはひとり広いところに放り出されていて、ずっととおくで子どもたちの笑い声が響いていて、自分のまつ毛がおとす影さえ冷たく感じるほどに照らされていて、あのとき泣いていたんだっけと取り違えてしまうほどにかすんでいる。昼休みにひとりで会議室に入るときや、田舎のだれもいない美術館で作品を見てまわるとき、役所の階段のそばのソファに座って人を待っているときに、そばにだれもいなくてもあたたかくて、冬がおわったことに気づく。はだに触れるうすい毛布と、とぎれながらも果てない夢が、わたしにあかつきを忘れさせる。ただ、わたしが近づいて、あなたが遠ざかった。わたしが立ち止まると、あなたが手をとった。ぜんぶの窓をあけ放した部屋に横たわって、うまれたばかりの風が音も立てずわたしの頬をなでて、わたしの浅はかで移り気な望みをほんの一瞬、ていねいに叶える。夜はかならずきて、朝もかならずくる。いつかこのからだは寒がって、いつかこのからだは暑がる。書けば嘘になるし、書かなくても嘘になる。冬がきてねむり、春がきて目覚める花があるように、わたしもあなたもおなじだった。ねむるあなたも、わらうあなたも、わたしにはうつくしかった。わたしにはほんとうで、わたしにはみつけられた。だからあなたを撮った。だからあなたを書いた。

 ホン・サンスのみているキム・ミニは、かわいくてうつくしくて、いとおしくて唯一で、それから、とおい。この人は、彼女にとって、〝最も近くで愛してると微笑むあいて〟と、〝仕事の仲間くらいの距離であなたはすてきですと見つめるあいて〟の、両方になりたいのかもしれなくて、それがすごかった。ここでかなえているのだから。わたしはそのまなざしが、目つきが、本当に好きだ。
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