開明獣

チャーリング・クロス街84番地の開明獣のレビュー・感想・評価

5.0
クリップ🖇️したまま放置してあったのを、フォロワーさんのお一人、こなつさんのレビューがリマインドとなり鑑賞😊こなつさん、ありがとうございます😌

二次大戦では、大きな損害を被った欧州。一番西の島国とはいえ英国もその難を逃れ得ず、戦後の食糧は配給制になるなど、戦勝国とはいえ困難な日々を過ごしたようだ。一方、自国での戦闘がなかったアメリカは、復興も早く、他国と比べても豊かに発展していく。そんな世相の中、古書を求めるアメリカ人の女性脚本家と、イギリスの老舗古書店が書簡でのやり取りで親交を深め、いつしか友情に変わっていく。

これは英文科卒にはたまらない作品。スティーブンソン、キーツ、シェリー(「フランケンスタイン」を著した女流作家の夫で詩人の方)、ジョン・ダン、ウィリアム・ブレイクなどの名だたる文人の名が連なるのは耳に喜ばしい。

それにしても、テレビ向けに、エラリー・クイーンものの脚本を書いている主人公の教養の高さには驚かされる。ラテン語まで理解出来るとは恐れ入った。ジョン・ウィリアムズという米国人作家が「ストーナー」という類い稀な美しい小説で英文科教授の物語を書いているが、50年代以前の英文科教育は古典に重きを置いたものだったのだろう。しかしながら、ジェフリー・チョーサーの「カンタベリー物語」となると、新訳版をお薦めされるところが面白い。これは我が国だったら、「源氏物語」は翻訳でなければ理解出来ないのと同じことか・・・。

英米の英語の使い方も興味深い。主人公のへレーヌは、本をとても大事にするのだが、そんな姿を見て友人はこう言う。

“If I was a book, I wanted to live here.”

1950年くらいで、イギリス人ならまごうことなく、

“If I were a book, I would live here.”

と答えるところだろう。余談ながら、米国人の前で、仮定法過去で、If I wereとやると、大抵は「君は教養があるなあ」と感心され、英国では当たり前としかみなされなかった(苦笑)なにせ、英国では高校卒業後にエンジニアになった部下の言い訳のメールで、”But for the train delay, I wouldn’t be late.”と送ってくるくらいなのだから。フォーマルに堅苦しい英語と、米語の違いも比較してみると中々楽しい作品。

書簡形式で本が絡んだ話だと、最近ならばまっさきに「ガーンジー島の読書会」が頭に浮かぶが、本作の原作は未読だった。あの江藤淳氏が翻訳されてるのは意外だったが、本作を観て納得。江藤淳と言えば、ゴリゴリの硬派な評論家で、時折、そのロジカルで難解な文章は大学入試でお目にかかったりするアカデミズムの極致的な人だとばかり思っていたが、通俗的なだけではなく、これだけ英文学に精通した内容なら同氏をも満足させたことだろう。

開明獣の時代には、まだタイプライターで文章を作成してFAXを打つ先輩がいた最後の時代。その後はEメールにとって代わられていき、今では動画通話とチャットが主流だが、当時は時差と電話料金を考えると郵便が唯一の通信手段だった。リアルタイムではないからこそ、伝わることがある。もしくは一通の手紙を大事にする。そんな様子が丁寧に描かれている滋味深き作品は、決して英文科卒でなくても十二分に楽しめる素晴らしいもの。

倫敦には古書店がいくつかあって、古色蒼然とした趣きの中で、古い版のものでも多く流通したものは二束三文で売られていたので、全集などはインテリア代わりに購入する人もいたようだ。古書店のあの独特の匂いが懐かしい。

久しぶりに神保町界隈に行きたくなった。
開明獣

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