めしいらず

狼の時刻のめしいらずのレビュー・感想・評価

狼の時刻(1966年製作の映画)
4.5
失踪した画家の夫を待ち続けている妻の回想。芸術家として他人から評価されることと自己認識との間にある溝を埋めようとして夫は理性を失ってしまったのだろうか。または不倫相手への未練からだろうか。強迫観念と狂気に囚われてしまった夫が見る妄想と、彼の日記に書かれていた不倫のことと満たされない己の強烈な愛情の間で狂った妻の妄執とが、互いに影響し合い交じり合った共同幻覚を見ているような感触。二人共がいつでも足取りが覚束なげで、果たしてどこまでが現実でどこからが幻覚なのか判然としない。二人を慇懃無礼に追い詰めていく下品な男爵たちのグループは実在したのか。海辺の岩場での子ども殺しは実際に起きたのか。夫はどこへ消えたのか。いや、彼は生存しているのか。そもそも夫が日記に書いたことは、妻が語っていることは信用に足るのか。何もかもがあやふやで、何もかも夫が、あるいは妻が無意識下に捏造した幻覚だと思える。確かなのはいま目の前にいる不安げな妻の存在だけである。「仮面/ペルソナ」との相似。本作もまたベルイマンの最上作品の一つと言えそう。芸術家によるホラーは堪らなく怖くて美しい。
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