星ワタル

愛、アムールの星ワタルのレビュー・感想・評価

愛、アムール(2012年製作の映画)
4.6
とてつもなく繊細な「愛」の物語。

親子や他人に比べて、恋人や夫婦は対等な関係だ。だからこそ、その相手に看取られることは一番幸せなことかもしれない。だけど看取る方は、それまで人生を対等に歩んだからこそ余計に、弱ってゆく相手を見るのが辛いだろう。

この手の話は取り扱いがとても難しい。ちょっとでもさじ加減を間違えると違和感を抱きかねないところを、ギリギリのところで成立させている。

理由はいくつかあると思う。
まずは、役者。とにかく夫婦役の2人が素晴らしい。
その場で手を重ね合わせているだけで、若いときの幸せなひととき、出会いから今までの長い時間の積み重ねがじわじわと伝わってくる。
アカデミー賞にノミネートされたエマニュエル・リヴァもだけど、個人的には実質的な主人公である旦那さんに感動した。

部屋に鍵をかけたり、奥さんの手をさすったり、真夜中に思いつめたり、つい手を挙げてしまったり…ほとんどが無言で行われる行動を通して、彼がどれだけのものを背負っているか、どれほどの覚悟をもっているか、そしてどれほど奥さんを愛しているか、痛いほど伝わってくる。

もうひとつは、音楽も、カメラワークも、セリフも、徹底的に無駄なものを削ぎ落とし、観客に2人の心の動きだけを提示し続ける演出。息が詰まるほど静かに、2人の物語だけが存在している。

この映画は決して、「尊厳死」とか「年を取ることは辛く苦しい」とか、そんなことを言いたいのではないのだ。

長年連れ添った2人の、無駄なものが削ぎ落とされた「愛」。誰でも手に入れる可能性はあるのに、なかなか死ぬまでもち続けるのは難しい「自分を愛してくれる人」の尊さ。

ひとりの人が、自分の命をかけて愛する人を守り抜こうとした。
最後の彼の決断は、あくまでも最期まで彼女を守り抜くための手段だったのだろう。
星ワタル

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