けんたろう

グランド・マスターのけんたろうのレビュー・感想・評価

グランド・マスター(2013年製作の映画)
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あの床屋、ホント誰れなんだよ。


葉問(梁朝偉)の伝記映画と云はれたらまあ其のとほりなんであるが、然し其の印象は可成り薄い。抑〻主人公は本当に葉問で良いのかしらとさへ思ふ。主人公は寧ろ宮若梅(章子怡)ではあるまいか。単に私しが彼女に目を奪はれてしまつたからなのかも知れないが、本作は彼女の天命と悲哀とに最も焦点を当てゝゐたやう感ず。
まあ予想してゐたものと違うたゞけなら、「いやあ意外だつたなあ」だけで終はるのだが、本作の場合、然うはゆかない。始めに述べたとほり、一応は葉問の伝記映画なんである。にも拘らず、最も描かれてゐるのは若梅なんである。其のうへ、二人には殆ど関係せない人物のことも意味ありげに語られるものだから、詰まるところ主軸がブレにブレてをり、物語りもひどく纏まりに欠けてゐるんである。
成るほど他の王家衛作品でも、複数人の物語りは描かれてゐよう。然しながら其れらの作品に於ける複数人の運命は、何時も或るところで密接に絡み合うてをり、仕舞ひには思ひも寄らぬ高次元の視点から一つに纏め上げられてゐるものである。私しは其れこそ王家衛脚本の魅力であると思ふのだが、然し本作には其の魅力が終ぞ無い。何んだか──いやあ意外だつたなあである。

……と、ピイチクパアチク詰まらぬことを囀つてきてしまうたが、然しさすがは王家衛であるとも思ふ。矢張り人物を魅力的に描くのと、彼れらの切なき運命を描くのとが卓越してゐるのだ。
先づ、梁朝偉演ずる葉問である。彼れの粋で瀟洒な佇まひは矢つ張り格好よい。極めつけは、其の強者の余裕と諦念の美しさとを湛へし微笑である。粋。粋である。究極惹かる。
王慶祥演ずる宮宝森も亦た頗る格好よい。其の潔き退きゞわと誉れ高き散りぎわとに見ゆる、真に強き者の相。最早や尊敬の念さへ感ず。
其んなゝか最も……最も……なのは、箱入り娘でありながら一個の武闘家として誇り高き生を全ふしたりし宮若梅(章子怡)である。予てより備はりし容貌は勿論、其の凛とした姿勢で運命を受け入れ、闘ひ抜く様は、畢竟美し。
嗚呼、目まぐるしく移らふ時勢に身の上を左右せられし者たちの切なき生涯よ! 然うして其の果敢なさよ! 縦ひ出来の悪い物語りであらうとも、矢張り心打たるゝものが有る。もう、さすがは王家衛としか云へない。

又た本作は、『楽園の瑕』にも見らるゝやうな、顫ふるほどに格好よい画にも富んでゐる。詰まるところ、武闘家たちの画がバチバチにキマつてゐる。
撮影こそクリストフア・ドイルでないものゝ、王家衛が制作した功夫としては何んだか納得の、そして最高の出来である。

今日日WKW4Kの特集上映が全国に旋風を巻き起こしてゐるなか、我れらがシネマシテイ様は、何んと其れに合はせてWKW+なる企画を御用意してくださり、のみならず『2046』と併せて本作を上映してくださつた。共に章子怡をメインヒロインとする作品である。シネマシテイ先生の画策に依りて、見事章子怡の虜に成つてしまうた次第。

兎角ごちやごちやと書いてきてしまうたが、好きな一作であつた。