悪魔の毒々クチビル

スティーブン・キング/ランゴリアーズの悪魔の毒々クチビルのレビュー・感想・評価

5.0
ランゴリアーズがやってくる

とあるフライト中の飛行機で、眠っていた乗客10人が目を覚ますと他の乗客や乗組員が消えていたお話。


スティーブン・キング原作のTV映画です。
監督はトム・ホランド。
TV映画ってことで、前後編で3時間くらいありますが今作はそんな長さが気にならない傑作となっています。
今までキング原作の映画は数多く観てきましたが、これが一番好きです。

今作の魅力はシチュエーションと会話劇。
開始から10分程度で乗客消失まで端的に描かれ、その後は残った乗客らが自分達の置かれた状況を把握しようと色々試したり話し合ったりするのですが、まずこの「トワイライト・ゾーン」的な不気味さが個人的にツボでした。
ただ消えただけでなく、身に付けていたであろう時計、更には矯正器具やペースメーカーと言った体内にある物まで何故か残っている不自然さ。
パイロット無しで飛んでいる飛行機、そして外にはある筈の街も見当たらない。無線も何処にも繋がらず。
漸く近場の空港まで辿り着くも、そこは無人なだけでなく音が反響せず空港内の飲食物は味もしない。
謎が謎を呼ぶ異質な環境下に観ているこちらは凄く惹かれました。

その状況を解明していこうとする登場人物たちのやり取りもとても見応えがあります。
特に今作は派手なシーンやホラーな恐怖演出と言うのは殆ど無く、殺風景な場所での会話がメインになっていますがそれが非常に引き込まれる内容でした。
一番の要因はミステリー作家のジェンキンスの存在でしょう。
自らの執筆経験を元に、細かい事象から幾つかの仮説を見出だし答えを導き出す手腕はお見事で、語り方もまるで推理小説の探偵のようで丁寧かつ分かりやすいです。
彼に影響されて事態の突破口を見つける音楽院生のアルバート、キング作品にはお馴染み不思議な力を持った盲目の少女ダイナ、多少荒さはあるものの確かな頼り甲斐のあるニックと他のキャラも魅力的でした。
だからこそ後半の切ないやり取りも響く。

その中で一際異彩を放つビジネスマンのトゥーミー。
劇中唯一のイカれキャラで、こんな状況下でも「ボストンでの会議に間に合わないだろう!!!」とキレ散らかすアレな人です。…ってだけでなく、子どもの頃から父親の重圧に苦しめられ精神的に問題があるようでニックに強引に黙らされてからは、汗や涙を流しながら心を落ち着かせる為にか、一心不乱に紙をビリビリ破る奇行に走りましてここの破っている時のエクスタシー感じている表情もヤバい。
演じていたブロンソン・ピンチョットの怪演のお陰で、かなり強烈なキャラになっていました。
因みに彼が観る幻覚の中でキングもカメオ出演しています。

あとは結局この出来事は一体何なのか、と言うのも中々興味深いもので気に入っています。
単なる○○(一応伏せる)とは一味違った設定で、成る程そういう見方もあるのかと面白かったしキングっぽいっちゃぽい。

タイトルにもなっているランゴリアーズとはトゥーミーが父親から教えられていたナマハゲみたいな存在で、怠け者を喰らう化物だそうですがあくまで例えとして使われていて実際に襲ってくるモノはまた違った概念の存在ですかね。
このランゴリアーズ含め、TV映画なのでCGは滅茶苦茶ショボいんだけど結局中身が最高だから俺は気にならなかったです。

初めて観たのは10年くらい前で勢いで原作も買ったんだけど、読んでみてこれがかなり原作に忠実な内容だったんだなと。
一部キャラの設定や行動に変化はありましたが、概ね原作通りで映画版で唯一違和感を感じたあの妙にハッピーな終わり方も実は原作をちゃんとなぞっていたとはね。
これは前後編に分けて映像化出来たのと、原作が長篇でなく中篇だったからなのが大きいかと思います。
多分、今後2時間くらいの映画版としてリメイクされる事になっても、CGのクオリティ以外は今作を上回る事はないんじゃないかって気がします。

改めて観てもついつい見入っちゃう傑作でした。
久々に原作読み直そうかと思って探したけど全然見つからなくて、何でなのか振り返ってみたけどもしかしたら当時の元カノに貸したままだったかもしれない。