倉科博文

悪の法則の倉科博文のレビュー・感想・評価

悪の法則(2013年製作の映画)
4.1
率直に言うと、構えていたー

見る前は、「一体どれだけ意味不明な映画なんだろう」とおっかなびっくりだった
「意味不明な映画」という声もあったし、「私は好きだ」という声があったとしても、それは『難解さを含めて』というのが一般的な感想であったからだ

しかし観終わったあととしては、「シンプルに面白かった」というのが個人的な感想だ


【代替の無い独自性とエレガンスを持った作品】

ヒリヒリとした緊張感、恐怖や絶望の表現ー
全てにストーリーや、主人公の抱えた感情が絡み合っていて、見ているだけで真綿で首を絞められているような息苦しさに似たものを感じた

主人公には氏名が与えられておらず、その他の登場人物に関してもファーストネームしか明かされていないことも、この作品の抽象性を浮かび上がらせる機能を果たしており、これもまた独特の無機質な緊張感を高める役割になっているように思う

作中に絶えず流れる緊張感と同時に、作品内に散りばめられていた伏線や主人公の周りを取り巻く人々の放つ会話の中に散りばめられる揶揄、暗喩も実に多彩で、かつ物語を上手く彩っていた

『ボニート-』
最後まで本作を見た人なら説明せずとも分かる暗器ー
(一度動き出すと止めることが出来ないことは、この物語自体の暗喩ととれる)

『警告-』
これは映画内において、二つの意味をもつことになる
・宝石商の口から語られる『警告』とはダイヤモンドの持つ魅力と裏表のもの
(ダイアモンドの鑑定基準が減点方式なのもこの物語自体の暗喩であろう)

・ブラッド・ピットの語る『警告』とは人質のこと
(そのせいで弁護士と、特に『人質』は筆舌に尽くし難いことになってしまう)

このダブルミーニングの巧みさー
こんな危険な伏線が張りに張られた『警告』を受けながらも、弁護士は引き返せない坂道を転がり出してしまうのである

この端々から感じる、登場人物同士の会話ややり取りのエスプリ
これらがストーリーそのものと絡み合って、作品自体の独特の雰囲気と作品のエレガントさを醸成している様に思う

絶え間なく目の前に晒され続ける上流とゴロツキのコントラストー
ここからは、我々の生活する現実への社会的なメッセージを感じた
否応なく我々は「選択せよ」と迫られているのでは無いか
「お前はどっちだ。リスクをとって上流への道へ挑むのか? それともゴロツキのままで終わるのか?」とー

そんな中、とても格好悪く、しかしそれ故にとても愛らしく感じた人物もいた
ハビエル・バルデム演じる『ライナー』ー
彼の、太々しく見えても、その実は疑心暗鬼で心細く振る舞ってしまう”小物感”が最高に”らしい”ではないか

何にしても、『ライナー』と手を組んだ時点で、この主人公には地獄以外の終点は用意されていなかった
だから、警告された時点で、走り始める前の時点で、この列車からは降りなければならなかった
しかし、彼はその列車のシステムも、その代償もよく理解せずに、この列車のチケットを買い、シートに腰掛けてしまった
そして列車が走り始め、車窓から外の景色を見て気づくのだー
「間違った列車に乗ってしまったのかも」とー

自業自得と言えば自業自得、不条理と言えば不条理

人間の欲望が計り知れないように
強欲の対価もまた、計り知れないのだー