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トム・アット・ザ・ファームのan0nym0usのネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

農場『ferme』が《fermeture》『閉鎖』を連想させ…それがenfermerに繋がってEnfer『地獄』なんて想像をしてしまいそうになる…不吉な言葉遊びのような原題。

冒頭のreplacer『置き換える』の文字が、今作の持つ余白を強調しつつ、説明を省いたままで物語が展開していく。

余白を埋めるのは私たち自身の想像力。

観る側も囚われる…

閉塞した自意識という檻の中に。

渇いた者に、ひと雫ずつ水を与えるような見せ方…酷くサディスティック。
私たちはその雫を舐めようとして…
様々なことに『意味』を求めてしまう。

作中のトムとフランシスも…渇いていた。
だからこそ見え隠れする…劣情の色合い。
癒えぬ渇望がもたらす…粘性と熱。

観る側も彼ら同様に、掻き立てられる。
その無限回廊のような重ね方に魔性を感じた。

replacerが融けて混ざって…おぞましくさえある『架空の現実』に囚われてしまう。

嘘の中にある真実の影。隠そうとすればするほど、具象を帯びて浮かび上がる。

ナイフのような10月のトウモロコシ畑に迷い込み、組み敷かれて…それでも人は抜け出せない。滑稽なまでの愚かさと弱さ。

観る側はトムになり、フランシスになり…

最後にようやく、閉塞した檻から解放される。
悪夢から覚めるみたいな救済。

この苦い安堵…ドラン監督の感性は凄い。
嗜虐的なやり方に少し嫌悪さえ覚える。

隠していたものを暴かれるような…
苦しさと同居する解放感。

深い奥行きと立体感のある秀作。

痛みで癒される傷もある。
逃避は恥ずべき事ではない。
遠まわりも、時に必要なこと。

人の心の『ぬるい』部分。
上質なサスペンスに『人間』が描かれていた。

苦手な部類の作品だけど…お見事。
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