このレビューはネタバレを含みます
農場『ferme』が《fermeture》『閉鎖』を連想させ…それがenfermerに繋がってEnfer『地獄』なんて想像をしてしまいそうになる…不吉な言葉遊びのような原題。
冒頭のreplacer『置き換える』の文字が、今作の持つ余白を強調しつつ、説明を省いたままで物語が展開していく。
余白を埋めるのは私たち自身の想像力。
観る側も囚われる…
閉塞した自意識という檻の中に。
渇いた者に、ひと雫ずつ水を与えるような見せ方…酷くサディスティック。
私たちはその雫を舐めようとして…
様々なことに『意味』を求めてしまう。
作中のトムとフランシスも…渇いていた。
だからこそ見え隠れする…劣情の色合い。
癒えぬ渇望がもたらす…粘性と熱。
観る側も彼ら同様に、掻き立てられる。
その無限回廊のような重ね方に魔性を感じた。
replacerが融けて混ざって…おぞましくさえある『架空の現実』に囚われてしまう。
嘘の中にある真実の影。隠そうとすればするほど、具象を帯びて浮かび上がる。
ナイフのような10月のトウモロコシ畑に迷い込み、組み敷かれて…それでも人は抜け出せない。滑稽なまでの愚かさと弱さ。
観る側はトムになり、フランシスになり…
最後にようやく、閉塞した檻から解放される。
悪夢から覚めるみたいな救済。
この苦い安堵…ドラン監督の感性は凄い。
嗜虐的なやり方に少し嫌悪さえ覚える。
隠していたものを暴かれるような…
苦しさと同居する解放感。
深い奥行きと立体感のある秀作。
痛みで癒される傷もある。
逃避は恥ずべき事ではない。
遠まわりも、時に必要なこと。
人の心の『ぬるい』部分。
上質なサスペンスに『人間』が描かれていた。
苦手な部類の作品だけど…お見事。