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マーク・ジェイコブス&ルイ・ヴィトン ~モード界の革命児~のariy0shiのレビュー・感想・評価

4.0
今から15年ほど前、仕事で付き合いのあった某スタイリストから「WOWOWですごくいい番組を観た」とすすめられたのがきっかけでDVDを購入。かっこいいことにしか興味がないと言い張る彼のお眼鏡にかなったその作品は、ファッションというクリエイションの営みを見事な鮮やかさで描いた、評判通りの出来映えだった。

アメリカ人デザイナー、マーク・ジェイコブスがルイ・ヴィトン(LV)のアーティスティック・ディレクターを務めていた時代のドキュメンタリーであるが、まず何が秀逸かというと、中身もさることながら、フランスのテレビ局ARTEが手がけた映像の妙味なのだ。

マークのファッションに向けた熱量と律動が、映像としての色彩や音楽と絶妙にシンクロしている。たんなるバックステージを映し出した記録映画ではない、これひとつで立派な映像芸術になっており、観ていて飽きない。ドキュメンタリーの最後、LVを擁する巨大コングロマリットLVMHのボスであるベルナール・アルノーとマークがかわす会話のシーンは、まるで洒脱なフランス映画のようである。

自身のブランドのベースであるニューヨークや、LVの本拠であるパリ、そして東京など世界中を忙しなく巡りながら、ショーという“戦場”に向かう準備を整える。ショーの直前2週間は徹夜作業といわれ、実際、開演時間ギリギリまで裁縫されているシーンを見るに、表向きな華やかさとは正反対の激務であることが分かる。

このドキュメンタリーのもうひとつのポイントは、マークやその仲間たちを創作へと駆り立てる力の根源についてだ。

正解は自分のなかにしかない。しかし、それが最初から見えているわけでもない。雑誌の切り抜きや変わった布、平凡な服や人形の写真集などを集め、インスピレーションに従って創り、崩し、切って、くっつけ、染めて、穴を開け、納得がいくまで試行錯誤を繰り返す。

ショーのバックステージでのマークは神経を尖らせた指揮官の形相。しかし終われば錚々たるセレブに惜しみないサービスを振る舞い、かと思えば帰路の車中では「どうかしている」「褒め言葉は決して信じない」と冷酷なまでのつぶやき。疲労困憊となっても、次のショーのために創り続けなければならない。

全ては、己の美意識にかなっているかどうか。「醜悪さも極めればクール」「中途半端じゃ石を投げられる」というマークの言葉に、彼のファッションにかける姿勢があらわれている。

ファッションに関する著作を多く手がける哲学者の鷲田清一は、新しい地平を開くデザイナーには、以下のような条件が求められていると説く。

「服を着ることの意味を根源的に問いつづけるという意味で《哲学者》であることを、時代に無批判的に密着しないという意味で鋭敏な《ジャーナリスト》であることを、いきがって肩で風を切るような気の張りと、深い悦楽と、人生への底知れぬ絶望と慈しみとをあわせ知っているという意味で憎い《ジゴロ》であることを、そして最後に、聡明な職人かつビジネス・マネージャーであることを要求されているのだろう」(『ちぐはぐな身体―ファッションって何?』ちくま文庫)

本作では、こうした様々な顔を、マーク・ジェイコブスという稀代のデザイナーに見ることができる。服を着る唯一の生き物である人間のおもしろさがここにある。
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