サマセット7

シンプル・シモンのサマセット7のレビュー・感想・評価

シンプル・シモン(2010年製作の映画)
3.8
監督は、スウェーデンのアンドレアス・エーマン。
主演は「IT/イット」シリーズ、アトミック・ブロンドのビル・スカルスガルド。

アスペルガー症候群を抱えるシモン(スカルスガルド)は、正確に日々のルーティンをこなさないと、パニックに陥り、ドラム缶の中に引きこもってしまう。
彼が唯一心を許せる相手は、兄のサム。
しかし、そんなシモンとの同居生活に耐えられず、サムの恋人フリーダは出て行ってしまう。
シモンは、そんな兄のサムに「完璧な恋人」を用意するため奮闘するが…。

2010年のスウェーデン映画。
アカデミー外国語映画賞スウェーデン代表作品。
国内外で、主演のスカルスガルドの演技が高く評価された。
ビル・スカルスガルドは、ステラン・スカルスガルドの息子で、「IT/イット」シリーズではピエロの怪人ペニーワイズを演じたことで知られる。

86分の短い尺で、サクッと観られるヒューマンドラマ・コメディ。
アスペルガー症候群を抱える人物が主人公であり、コミュニケーションを苦手とするなど、特徴的な行動や発作的なパニック行動が描かれる。
終始明るい音楽や、オシャレでポップな演出、愉快な台詞回しのおかげで、暗くなることなく、楽しく観られる。

主人公の言動の描写は、ユーモラスだが、笑いものにするわけでもなく、視線はフラットに感じた。
人間誰しも、こだわりが過ぎたり、感情に我を忘れることもある。その程度や傾向が違うだけだ、とでもいうような。

シモンは、兄の恋人が出て行くという「変事」に遭遇し、自分のルーティンを守るため、兄の恋人探しを始める。
とはいえ、彼の言動の端々から彼の兄に対する敬愛や絆がみえてくる。
シモンのひたむきな行動は、つい応援したくなる。
最初は厄介な弟の庇護者としての兄サムに感情移入して見ていたものが、いつの間にかシモンに感情移入してしまうから不思議なものだ。

シモンにとって、物理法則や方程式は理解しやすく、人の感情の機微は理解し難い。
彼の兄の恋人探しの方法は、突飛で笑ってしまうものだが、彼の行動を通じて、恋愛感情のままならなさや、とにかく行動を起こすことの大切さが示され、ハッとさせられる。
彼のしていることと、婚活に勤しむ男女がすることと、本質的にどこが違うというのか?

シモンの努力の甲斐あり、彼はイェネファーという兄の恋人として理想の女性(シモンの方程式によればだが)を見つけるが、その後の展開は、我々観客の固定観念を、優しく揺さぶってくれる。
伏線の回収を見せる終盤の流れには、思わずニッコリした。

今作では、シモンが潜り込むドラム缶を媒介して、宇宙に関する描写が頻出する。彼はドラム缶を宇宙船に模しており、入船した後は、唯一兄とのみ「交信」可能なのだ。
この表現は、シモンが一般人と異なる地平の思考を持つことのメタファーとして効いている。
さて、宇宙に隔絶されたシモンは、無事に地上に戻れるのか?これは観てのお楽しみである。

各俳優の演技も好感が持てる。
主役級の4人はもちろん、両親ら脇役たちもいい味を出している。

今作のテーマは、人は変わるし、変わることができる、ということか。
自ら決めたルールを梃子でも動かさないシモン。
そんなシモンに、庇護者として責任を感じる兄のサム。
彼らの劇中の変化は、観客を前向きな気持ちにさせてくれる。
あるいは、人生に正解などなく、ただ行動と結果があるのみ、案ずるより行動せよ、ということもテーマなのかもしれない。
何かに縛られ、何かにこだわって生きている、という点で、多かれ少なかれ、誰もがシモンと同じような部分を持っているのではないか。
勝手に思い込んだ方程式や正解に、我々も囚われていないだろうか?
案外、行動の先には、思ってもいない光景が待っているのかもしれない。

特に終盤について、おとぎばなしが過ぎる、という批判はあり得るかもしれない。
また、今作のアスペルガー症候群の描写が、どの程度専門的知見に基づいたものか分からないが、今作を鵜呑みにして色々と分かった気になるのは危険だろう。
キャラクターの言動の一部は、人によっては受け付けないかもしれないが、個人的にはそれほど気にはならなかった。

スウェーデン産の、アスペルガー症候群を題材とした、サクッと観られる佳作。
自ら定めた日々のルーティンを規則正しく守り、一見退屈そうな仕事も時間内にきっちりこなすシモンは、そこだけ切り取れば、人として理想的な生活を送っているようにも見えた。
生活者として、シモンとイェネファーとの対比は、なかなかに興味深い。