ふき

007 スペクターのふきのレビュー・感想・評価

007 スペクター(2015年製作の映画)
4.0
ダニエル・クレイグ氏の007シリーズ最終作(と言われているが、二〇一六年末時点でもまだ二転三転しているらしい)。

ガンバレルシークエンスから始まり、ファーストカットで「ロケ地の音楽や祭りを本編にぶち込む」イズムが炸裂し、そこから続く大規模な爆破と空中ヘリアクションと、アバンタイトルの時点で既に「いつものクレイグボンドじゃないぞ?」感がビンビンに伝わってくる。
更に、普段から微笑を浮かべるボンドが敵に味方に軽口を叩き、マネーペニーと絶妙な距離感でイチャイチャし、秘密兵器で散らかったQの部屋でボンドカーを紹介され、悪役側のボンド・ガールを篭絡して情報を引き出す。悪の組織の悪党たちは幹部に向かって悪事の報告をし、悪事に失敗したものは容赦なく殺され、元プロレスラー俳優が演じる無口でガタイのいい悪役がボンドを追跡する。そしてボンドカーVSスーパーカーのチェイスアクション、さらには雪山を舞台にしたアクション、列車での格闘、秘密基地にご招待されるボンド、正体が明らかになるにつれて段々威厳がなくなっていく敵ボス(とシャムネコ)と、全編で過去作を思わせるアレコレが展開していく。
現代の第一線スタッフが作り上げた『スカイフォール』と同様の映像クオリティで、ショーン・コネリー氏シリーズの後期やロジャー・ムーア氏シリーズ的な大作娯楽ボンド映画をやってのけるという、『スカイフォール』でキャラクターに行った伝統と現代のマッシュアップを、作品全体に巡らせた一作といえる。
まあ、「血中ナノマシンの出番それだけ?」とか「拘束具そんな都合よく外れるか?」とか「秘密基地に爆薬しかけてた? ガスの元栓撃って全部爆発?」とか「そいつにそんな心惹かれる描写ってあった?」とか、雑な脚本までマッシュアップするなよと思わないこともないが、今までのボンド映画的要素を冒頭からケツまでぶち込まれれば「うるせーこれがボンド映画なんだよ!」と楽しめるのは自明の理である(誰目線だ)。

……だがそういうレベルではない文句もある。
まず、『スペクター』と銘打った割りに、“彼”とスペクターの扱いが小さすぎる。
『スカイフォール』で全てを超越した極限のボンドが誕生したのだから、“彼”も全てを超越した極限の悪役なのだと期待していたら、ボンドと“彼”の対決はあくまで個人的な因縁という小さなお話に留まってしまう。ボンドの最後の決断も『慰めの報酬』でやったことの繰り返しだし、ボンドは自らの過去を『スカイフォール』で爆破しているのだから、「本作で成長したボンドがあの決断を!」というお話的なカタルシスもない。
スペクターに関しても、MI6のメンバーが世代交代して全員アクティブになったことで、「ボンド対“彼”」と「MI6対スペクター」という二つの対立構造でお話が進むのかと思いきや、「MI6対スペクター」は気付けば「MI6対お隣さん」にすり返られてしまう。会議シーンで見せてくれた悪の組織オーラ感の割りに、実質なにも進展していないので、肩透かしもいいところだ。
というか、「敵の罠で主人公の所属組織が活動停止に追い込まれ、後ろ盾を失ったチームが復讐に臨む」という近年の『ミッション:インポッシブル』シリーズ的な構造が、「ボンド対“彼”」のお話と上手く絡められておらず、換骨奪胎されてボンド映画的に再構成するところまでいっていないのも問題だろう。

だが一番大きな失敗は、ダニエル・クレイグ氏のシリーズ過去三作“だけ”を包む構造を作り出したことだ。
『カジノ・ロワイヤル』『慰めの報酬』でダブルオーのライセンスを得たボンドは、続く『スカイフォール』で時代遅れのロートルとして登場する。ボンド映画に詳しい観客は「一~二作目と三作目の間に、ボンド的大活躍があったんだな」と解釈する。それを象徴するようにアストン・マーティンDB5が『ゴールドフィンガー』の装備を搭載して登場するのだし、元々ボンド映画の各作品の繋がりは緩やかだと思っているのだから、当然だ。
しかし「ル・シッフル、グリーン、シルヴァはスペクターの手のものだった」とクレイグ氏の三作品だけを具体名を出して強調してしまうと、「その間のボンド的大活躍ってなかったの?」と感じてしまう。完全に続き物の『カジノ・ロワイヤル』『慰めの報酬』と比べて、再リブート的な位置付けの『スカイフォール』は前二作との繋がりを厳密に意識してはいないのだから、それを「四部作で一繋がりです」と言われると、不問にしていた点が“矛盾”として浮上してしまうのだ。
ここはせめて、権利問題でスペクターを出せなくなったロジャー・ムーア氏以降の作品の敵を、ディスプレイにバーっと登場させるくらいの距離感の演出で、解釈の幅を持たせてくれてもよかったのではないか(違う権利問題が発生するか?)。
あとこれは詮無いことだが、本作の敵役も悪いとは言わないが、“彼”に『スカイフォール』のシルヴァの上に立つ貫禄や魅力があるとは思えない。ゆえに逆算的にシルヴァの孤高さが減衰してしまい、「『スカイフォール』最高!」派の私としてはそこも不満。

色々書いたが、「ボンド映画」の一作としてみれば、求められる面白さにしっかり応えた作品であることは確かだ。また、本作ではスペクターはまったくダメージを受けていないし、“彼”も記号的特長を得て「全てを捨た」と考えればこれがオリジンといえなくもないので、次回作以降で展開されるかもしれない「MI6対スペクター」には必要な一作だろう。ダニエル・クレイグ氏が引き続きボンドを演じるかはともかく。
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