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HUNGER ハンガーのGreenTのレビュー・感想・評価

HUNGER ハンガー(2008年製作の映画)
3.5
いや、もう、ビジュアルがこれだけのことを語る映画はあんまり観たことないです。

オープニング、男が出勤準備をしている。手の拳に傷を追っていて、水に浸している。朝食を食べ、車に乗ろうとするが、車の下を調べる。

職場に着くと、そこは警察らしい。警官のユニフォームに着替える。場面変わって、この男は、雪の舞う建物の裏でタバコを吸っている。

休憩していると思われる男。傷のある拳で、シャツの前が少し汗で濡れている。

これを見せられただけで「あ、この男、囚人をしょっちゅう暴行しているんだな」と解る。しかも男の表情で、それを後悔しているんだなと。

ここまでほとんどセリフがないのに、「観よう!」って気にさせられるし、画面に釘付けになる。

囚人たちの劣悪な住環境も、ほとんどセリフもなく、見せつけられるだけなんだけど、とにかく衝撃を受ける。言葉で説明してもいいけど、観た方が絶対刺さると思う。

マイケル・ファスベンダーは最初の30分くらいガッツリ出てこないんだけど、他の出演者の喋り方がすごく似ていて「これ、ファスベンダー?」って思いつつ見ていたがやっぱ違った。

彼はボビー・サンズという実在した人物を演じているのだが、ヒゲぼうぼうで、全裸で、看守に乱暴に風呂に入れられる。先程出てきた男にツバを吐いて殴られる。

ファスベンダー、全裸好きだよな〜。脱ぐことで「自分の全てを演技にかける」ことができるのかもしれない。

これは北アイルランド紛争が激化していた1981年、服役中のIRA(アイルランド共和軍)の囚人たちが、刑務所での人権を要求して起こしたハンガー・ストライキの様子を描いた映画なんだけど、汚物にまみれウジが湧いた監房や、裸にブランケットしかまとっていないのは、そういう扱いをされているんじゃなくて、「ダーティ・プロテスト(お風呂に入らず、汚物も捨てない)」や「ブランケット・プロテスト(囚人服を着ない)」という、囚人のプロテストの結果らしい。

時々女の人の声で声明が出るんだけど、「政治的殺人、政治的爆破事件、政治的暴力などというものは存在しません。存在するのは犯罪としての殺人、犯罪としての爆破事件、犯罪としての暴力です。わが政府はこの点では一切の妥協はいたしません。政治囚として扱うことなど、ありえません」ってのを聴いて、「これサッチャー?」って思った。どうも囚人たちは自分たちは政治犯なのだから、犯罪者として扱われたくないということらしい。

サッチャーもさすが「鉄の女」だな。あの時代に女性首相として君臨するにはいちいち「テロリスト」の要求に屈しているわけには行かないってことだったのだろうと、察するところもあるのだが・・・。

囚人たちも気の毒だったけど、私は冒頭の看守にとても同情した。囚人たちも酷い扱いを受けていて、虐待もされていたけど、この看守にしてみたら、「囚人が言うことを聞かないけど、上から『なんとかしろ』と言われて結局暴力を使う道しかない。だけど、毎日そんなことをすることによって精神が蝕まれていく」。

そしてIRAは、自分の仲間たちが「虐待」されている監房の看守たちを次々に暗殺してく。この男が車の下を調べていたのは、爆弾が付けられていないかを調べるためだったのだ。

こんな状況で暮らしていて、一般にも自殺やウツが増えたらしい。この30年にも渡る紛争の時期を、現地では “The Troubles”(厄介事)と呼んでて、U2 のデビュー・アルバム “War” は、このThe Troubles の真っ只中で育ったことの恐怖を描いているんだって。当時のグレート・ブリテンの国々はもうどん底で、ブリティッシュ系のバンドは政治的な歌も多かったよなあ。時を同じくして日本やアメリカはバブってたので、彼らの歌をただ「政治的なことを歌うなんて頭良さそう!かっけー!」ってフェイス・ヴァリューでしか見ていなかった自分が、アホというか恵まれていたんだなあ。

ボビーがハンガー・ストライキで弱っていく中で見る鳥が空を飛んでいる映像は、自由を象徴しているのかなと思った。
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