乙郎さん

FRANK ーフランクーの乙郎さんのネタバレレビュー・内容・結末

FRANK ーフランクー(2014年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

12/5@桜坂劇場

 面白かった! 学生の頃インディーロックをよく聞いていた身としては重なり合う部分が多く、非常に楽しめた。
 バンドという場に身を置いて、自分を表現すること、それは、「何かを表現したい」と思ったことがある人間にとって夢である。
 しかしながら、この映画の主人公ジョンにとって、バンドを組んで作品を作り出した時点で、そこがゴールだった。

 この映画の中で、フランクのバンド「Soronprfbs(ソロフォルブス)」のメンバーと、ひょんなことからキーボードとして途中加入したジョンは、最後まで決して分かり合うことはできない。起こったことだけを取り出せば、ジョンが加入することでバンドは崩壊し、ジョンは財産を失うという、誰も得しない結果になっている。
 これは、ジョンを主人公として見るならば、自身の才能のなさに気付かされ、その場を去るまでのお話であり、一種『アマデウス』のような映画なのかもしれない。
 それと同時に、バンドを崩壊に導くジョンとは一体何者なのか。このバンドが一時的に広く知られる結果になる際に、媒体としてYoutubeが機能しているのがそこで皮肉めいて感じられる。
 この前読んだ山内マリコの小説「走っても走ってもあたしまだ十四歳」は非常に痛切な内容だった。スクールカーストに押し出されるかたちでダンスに打ち込みながらも目が出ず、かつ最後にはスクールカーストの頂点にいた女の子がニコニコ動画でダンス動画を挙げて主人公たちのそれよりもヒットしているというオチに。
 動画サイトの普及により、表現に対する参入が容易になった。これで埋もれていた才能が発掘されるようになったかという期待も、そろそろ薄れてきた頃だ。むしろ、オーディエンスに本当に聞く耳が育っているのか。この映画はそう問いかける。
 また、フランクの生い立ちを語るときに、才能のある者に関して容易にトラウマ持ちだの何だのとレッテルを貼りたがる私たちにも痛恨の一撃を加える。才能のある者は、ただ才能があるだけだ。
 そういったビターなお話にも関わらず、決してヒットチャートで日が当らない曲を歌っているフランクたちはなぜか幸せそうであり、主人公はそれをそっとしておく決意を固める。その姿が自分と、観客とだぶる。
乙郎さん

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