磔刑

モアナと伝説の海の磔刑のレビュー・感想・評価

モアナと伝説の海(2016年製作の映画)
4.8
「理想の女性リーダー像」

近年のディズニープリンセスシリーズの変化は著しく従来のプリンセス像からは考えられないくらいアクティブだ。
『塔の上のラプンツェル』では女性の自立の可能性を提示し『アナと雪の女王』では女性の独立と幸せの多様性を示しており、プリンセスシリーズではないものの『ズートピア』では女性と男性の関係を対等に描き、女性の自立より一歩進んだ提起をしている。

上記のように近年のディズニー作品に描かれてている女性キャラクターは昔のプリンセスシリーズのお姫様のように幸せが来るのを待つのではなく、自分で決断し行動を起こし自ら掴み取ろうと努力し決して男性の幸せのマクガフィンではなくなっている。そういったプリンセス像が今のスタンダードになっているのは女性の社会進出が進んだ現代だからこそだ。
そしてそれは『モアナと伝説の海』のモアナも例外ではない。上記の3作品をより発展させ新たな時代のリーダーの誕生を描いている。

ラストにモアナが無数の船を従えている姿からモアナが新たな時代の牽引役を担っている事は疑う余地はない。勿論ラストが説得力あるものになっているのはそれまでの冒険の数々でモアナの成長描写あってこそである。
幼少のモアナが海に認められるシークエンスのドラマティックかつ冒険の幕が開けることを想起させる演出は見事としか言いようがない。目先の利益よりも目の前で困っている人を打算的な考え無しで行動する姿と、その困難を機転の効いた行動で示す演出の巧みさは後々のモアナの成長した姿に説得力を持たせるのと同時にモアナが決してご都合主義で物語上特別な存在ではない事が受け取れる。

一人海に出たモアナが自分の無力さを自覚し、必死に成長しようと努力する姿も人物の魅力をより深めている。
モアナとマウイの出会いはモアナを次世代のリーダーとして成長させる重要な要素だ。マウイは男性のリーダー像の比喩そのもので未知の海を開拓してきた頼もしい存在ではあるものの、その過剰な慢心が自身や文明を滅ぼしたと言える。
マウイとモアナが共に冒険を乗り越え、その最中で逞しく成長するモアナをラストにマウイが新しい時代のリーダーとして認める様は正しく男性をリーダーとした社会から女性が牽引する時代へとバトンタッチしていると言える。


一貫したテーマもさる事ながらそれを彩る個々のキャラクターも作品の大きな魅力だ。
ディズニープリンセス史上最も活発なモアナの行動力は物語をぐいぐい先に進める大きな推進力となっている。
カカモラとの戦闘においても従来ならマウイに活躍の場を譲る所だがモアナが自力で困難を解決する様は痛快だ。だが決してモアナは万能人間ではなく航海術や人間性の成長をマウイや冒険を通して丁寧に描かれる点も魅力の一つだ。

モアナのバディ役であるマウイも物語に欠かせない存在だ。
身勝手で傍若無人だが何処か憎めないキャラクターで目的に対して実直なモアナとは真逆で、またそこが良いデコボココンビ具合だ。タトゥーのミニ・マウイや神の釣り針を使った変身などはビジュアル面で観客をおおいに楽しませてくれる。


物語の演出の華であるミュージカルパートも実に見応えがあり楽曲も素晴らしい。
テーマ曲にもなっている『どこまでも~How Far I’ll Go〜』はモアナが重大な決断をする時に必ず流れ、観ている者を否応無しに高揚させる。
マウイのソロパートである『俺のおかげさ』はマウイが根っからの悪人ではなく裏表のない親しみ易い人物である事を表現しており、その後のモアナとの数々の対立もこの曲が念頭にあるおかげでマウイに対する印象も決して悪いイメージで終わらせない役割を持っている。
『シャイニー』のボーカルの意外性には驚かされるが楽曲の良さも相まってバトルの演出をより引き立てている。


ユーモアの演出も物語の邪魔にはならずキャラクターの違った一面を提示する良い演出となっている。特筆すべきはタマトアとの対戦後に魔物の国から脱出したマウイの独白だろう。劇場で鑑賞した時もこのシーンが一番ウケていた。
過去のディズニープリンセスシリーズの中でも『モアナ』はユーモアの面では突出したセンスがあり他作品と差別化を図る大きな点だ。


近年のディズニープリンセス作品の代表格である『アナと雪の女王』は楽曲の爆発力はあるもののストーリーに精細を欠いており、『塔の上のラプンツェル』や『ズートピア』はストーリーやキャラクターのバランスは見事だがビジュアル的演出のパワー不足感は否めない。
上記の3作品の長所を取り入れ短所を改善して生まれたのが『モアナと伝説の海』と言っても過言ではない。
この作品が新たな時代のリーダー像を描いたのと同じようにディズニープリンセスシリーズの新たな傑作の一つとして名を連ねるのは間違いないだろう。
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