くわまんG

あなたとのキスまでの距離のくわまんGのレビュー・感想・評価

あなたとのキスまでの距離(2013年製作の映画)
4.5
夢を追うすべての人に、冷や水をぶっかける超スパルタな一本。何の視覚効果もなし、心の動きを見せるだけでこんなにも胃が痛くなるなんてねぇ。凄まじい。

みどころ:
夢追い人への痛烈な説教
極限まで緊張を高める演出
ゾッとするほど細やかな演技
プロットは何でもない不倫もの

あらすじ:
音楽教諭として高校に勤めるキースは、妻と娘の三人で仲良く暮らしている。毎年庭で家族写真を撮るのが恒例行事の、贅沢ではないが堅実な中流家庭を、NY郊外に築いていた。
キースには夢があったのだが、もう随分長く封じている。妻に一目ぼれしてほどなく娘が出来てからというもの、17年間家庭に捧げてきたが、今でも一人自由に青春を謳歌していた頃の写真を引っ張り出しては、ため息をつく事がしばしば。
そんなキースの家に、英国からホームステイにやってきた少女、ソフィー。20歳を前に何かをつかむためNYへ…のつもりが蓋を開けてみれば、田舎くさいホスト、イモくさい母娘、ガキくさい学校。自由で洗練された毎日など、訪れる気配さえなかった。
いま、夢に向かって自由に羽ばたきたい二人の目が合った。一瞬の邂逅で、彼らは互いを理解してしまった……。

「人生に夢があるのは素晴らしいこと、というかそうでなくちゃつまらない。でもまだ夢が叶わないのを、誰かや何かのせいにしているのなら絶対に叶わないから、頭打って死ぬほど痛い目みて出直せ。」という激辛なお説教。自分を悲劇のヒロインに仕立てる心理“自己憐憫”を徹底的に追及して、心の逃げ場を奪い尽くす演出に正直ゾッとしました。

いやぁ僕は元喫煙者なんですが、恥を承知で申しますと、思い返せばアレは自己憐憫のために吸ってましたよね。「あー疲れた。バカどものせいで俺の負担が増えるわ。がんばるやつほど苦労するんだから、現実は不条理だよほんと。まぁ、こんなもんだよな。」なんてスカしながらふかしてましたよ。

さらに恥を上塗りしますと、まことに失礼ながら、いわゆる“女遊び”の心理にも、この点で似た性質があると思うんですよね。隙のある女性をみつけて、わざと自分の憂いを見せて付け入らせ、距離が縮まったところを手籠めにして傷をなめあう。「ごめん、こんな関係よくないよな。終わりにしよう。」までがシナリオで予定調和なくせに、「なんでいつもうまくいかないかな。誰も悪くないのに、現実は無情だよほんと。まぁ、こんなもんだよな(リフレイン笑)。」と独り言ちる。

もうね、痛すぎる僕にはキースの心情が痛すぎるほどわかります。そうなんです、キースには何の覚悟も無いんです。夢を叶える覚悟も、家族と別れる覚悟も、ソフィーと一緒になる覚悟も、自分が幸せになる覚悟さえも。そもそも、確固たる自信や信念がなければ夢など絶対に叶わないのに、言い換えれば現在の自分に不足感がある時点でアウトなのに、満たされないのを何かや誰かのせいにしているキースの態度は、致命的に甘いのです。この作品は、“甘え”を容赦なく叩き潰します。

では、なぜそうまでして甘っちょろい夢追い人を凹ませなければならないのか。それはおそらく、この映画の作り手が彼らを応援しているからだと思います。夢追い人に自立してもらうため、この先何があっても力強く歩んでもらうため、ゼロからやり直してもらうための叱咤なのでしょう。

酸欠になるまでぐいぐい絞め上げるクライマックスから、ゆっくりと長く息を吸わせて蘇生させるラストシーンへの流れは圧巻。原題は『Breathe In』、もう唸るしかありませんわ。ピアノの蓋を閉じて仕事と向き合い、家族写真を撮って愛と向き合うキースを見て、緩んだふんどしが静かに、しかしきつく締まりましたね。

―――

なお、本作は敬愛する三宅隆太さんの名著『これ、なんで劇場公開しなかったんですか?』をきっかけに鑑賞しました。今後も、同著書で紹介されている作品は、タグ付けさせていただきます。