亘

ザ・ヴァンパイア 残酷な牙を持つ少女の亘のレビュー・感想・評価

3.8
【孤独な2人の門出】
イランの架空のゴーストタウン、バッド・シティ。売春や薬物、犯罪が横行する閉塞した町で。青年アラシュは薬物中毒の父ホセインと2人で暮らしていた。ある夜彼は夜道を1人で歩く孤独な少女に出会う。彼女は犯罪者を襲うヴァンパイアだった。孤独な2人は次第に惹かれあう。

全編ペルシャ語でモノクロの映像と音楽がスタイリッシュな異色のヴァンパイア映画。またほとんど夜間のシーンで画面も暗めのため、フィルム・ノワールのような印象も受ける。セリフ少なめだしストーリーも比較的淡々と進むけれども映像と音楽、雰囲気に引き込まれる。また少女のかぶる黒いチャドルが怪しげな雰囲気を出しているのもダークヒーローらしさを強めている。

[孤独な2人]
バッド・シティは退廃した町だった。犯罪や売春、薬物が横行し、青年アラシュは薬物中毒の父ホセインと暮らしていた。アラシュは父との暮らしに閉塞感を感じていた。だから貯金で良い車を買うことでそんな日々から逃避したかった。一方で売人サイードは、薬物売買や売春のあっせんによって裕福に暮らしていた。そしてアラシュの車を奪ってしまう。少女は言ってみればそんな町の義賊。毎晩街を1人で徘徊し犯罪者を襲い殺しその持ち物を奪っていた。そしてある夜サイードは少女を襲うつもりで家に招き入れたが、逆に殺されてしまう。

[恋の始まり]
ある夜のパーティの帰りアレシュと少女が出会う。本物のヴァンパイアの少女に向かってヴァンパイアの仮想をしたアレシュが「ヴァンパイアだ」とおどけたことで少女は心を開き始める。その後少女の家のシーンは、曲もいいし印象的。ただ少女はほとんど話さないし2人の関係は少しぎこちない。でも2人の恋が始まる様子はMVのよう。

その後も2人は夜に会う。ただ少女はヴァンパイアであることを打ち明けられずにいる。工場の前でピアス穴をあけるシーンは印象的で、穴をあける痛みで牙が出るのを隠そうとするし、キスをしようとしても「私は罪深い」といって断る。少女の方もアレシュを好きなことは分かるけど、自らの正体を明かせないでいて自分の殻に閉じこもっている。アレシュからすれば孤独な自分の人生に差した光だからこそ少女と付き合いたい。結局2人とも孤独なままなのだ。

[門出]
閉塞感の漂うアラシュの日常に変化が訪れる。ある日父親が禁断症状で暴れるのだ。アラシュは愛想をつかしてサイードから盗んだ薬物を与え家出する。すると父親は売春婦を呼ぶ。"気配"を感じた少女はアラシュの父親を襲い殺す。まったくの1人となった翌日の夜アラシュは少女と共に町を出ることを決めるのだ。ここでアラシュの心をとがめたのは少女が人殺しだと分かったこと。悩むアラシュだったが彼は少女と街を出ることに決める。それは閉塞的な生活を変えるためだろう。そして2人はもう孤独ではないのだ。

本作はアメリカ製作ではあるものの、イランの架空の街を舞台にしているし全編ペルシャ語だしキャストもイラン系アメリカ人であるから、ほぼイラン映画といえるだろう。とはいえ映画製作への締め付けが厳しいイランではバッド・シティのような町を舞台にした映画は作れない。それに女性監督が製作することも本国イランでは難しい。逆に言えばイランで映画製作が自由になればこれくらいの良いイラン映画はたくさん出てくるんだろうなと思う。

印象に残ったシーン:少女の家で2人が音楽を聴くシーン。少女がキスを嫌がるシーン。
亘