ヨーク

父を探してのヨークのレビュー・感想・評価

父を探して(2013年製作の映画)
4.6
ものすごく、よい。
それ以上は他に何も言わなくていい作品だろうと思うが、まぁせっかくなので少しだけ本作についての雑感を書いておくと、この『父を探して』というアニメ映画は2016年の映画で日本で初公開されたのもその頃だったと思うのだが、当時の俺は観逃していたんですよね。一応タイトルは知ってたし、なんか凄いぞこれっていう評判も耳には入っていたのだが、如何せん小規模な上映だったこともあり予定が合わずに観逃していたのだ。今にして思えば、なに観逃してんだよ! バカかお前は!! って当時の俺に言ってやりたいですよ。いや本当にそれくらい素晴らしい作品だった。
ちなみに昨年末に観て本作と同じく高評価をした『ペルリンプスと秘密の森』というアニメ映画があるのだが、その監督は本作と同じアレ・アブレウというブラジル人監督である。いやー、すごいね、アレ・アブレウ。あくまでもアート・アニメーションという限られた範囲内での作家なので知名度的には大したことはないだろうが、個人的には超が付くレベルの要チェック人物になりましたね。ドン・ハーツフェルトやトム・ムーアやレミ・シャイエと同じくらいに次回作が楽しみな監督です。
と、そんな感じで褒めまくりな感想になってるが、肝心の映画の内容がどんなかというとまず第一に、本作はサイレントではないがセリフは一切なしの映像詩というかポエティックな映画である。それだけで十分に、あぁアートアニメっぽい感じっすねぇ…とはなるのだが、具体的なストーリーというのも(おそらく)ブラジルの田舎で伸び伸びと暮らしている父と母と子供の3人家族がいるのだが、ある日父が(おそらく)出稼ぎのために都会へと行ってしまう。そして子供もその父を追っかけて外の世界へと飛び出していく、というものである。まさにタイトル通りに『父を探して』というワードそのものだ。あんなに楽しかった父と母と自分の3人のワンダフルでカラフルでハートフルだった生活が父の不在により失われ、子供はそれを取り戻すために父を追って走り始めるわけである。
ワンダフルでカラフルでハートフル、と書いたが本作は正にそういった形容の仕方しかできないような抽象的なイメージの奔流で物語の幕を開ける。というか、全体的にリアルで真に迫った表現はあるが具象的という意味でのリアルな描写はない。イメージの映画なのである。それが紡いでいく物語というのはおそらくブラジル近代~現代史をなぞっているのであろうが、それ自体はありきたりなものではあった。やや乱暴に言うと80~90年代前半の日本でも流行ったエコ・ブーム的な環境問題の提起であったり経済合理性とは違う別の価値観の元で生きることの重要性だったりで、そういう風に書くと、あぁよくあるアレね、と思う人もいるかもしれない。でも全然違うから。上記したあらすじだけを読んで、あぁ自然と文明の対立ね、大人と子供の対比ね、文明とカオスとのコントラストね、とか分かったようなことが脳裏によぎった人ほど観てほしい。この映画は、あらゆる意味でそういうラベリングで物事を語ってしまう時点で語るに落ちてしまうような作品なのだ。
そういう映画なんですよ。だから最初に“ものすごく、よい。それ以上は他に何も言わなくていい”と書いたように、語り得ない作品なんです。意味を拒否する作品なんです。
ただ、一つだけ加えておくと笛を吹いたらその先から音楽を構成する音符が出てくるのではなく、ただオレンジ色の丸が出てくるというのがものすごく、よい。音符は楽譜の中で意味のあるものである。完璧な音楽のためにはただの一音も外すことはできない、というのは音楽家にとっては当然のことであろう。そこには歴然とした「意味」があるのだから。でも本作で描かれるものというのは語り得ないものであり、それはつまり「意味」などないというものなのである。それは何かを構成する一部ではないからそこに意味なんてない。でも、ただの丸いオレンジ色としてそこにある。それが決して流暢ではない演奏の笛の先っぽから出てくる。それはもう何も言うことないよってなるよ。何の意味もなく、言葉にもなりえないものが表現されてるんだからそれを語ることなんてできないんだよ。あぁ、こういうの俺も知ってる気がするわ、この音聞いたことある気がするわって思ったら何か勝手に涙出てきたからね。凄い映画ですよ、これは。
なのでいつも通りに長々と感想を書いてしまったが、最初に戻ると特に言うことは何もない。ただ、観てよかったと思える映画だった。
ま、終盤の演出とかはちょっと陳腐で蛇足である意味では作品の普遍性を損なってるかなー、と思うところもあったのだが、それを含めても大傑作だと思う。
繰り返し書いておくが、観てよかった。
ものすごく、よい。
ヨーク

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