emily

二重生活のemilyのレビュー・感想・評価

二重生活(2016年製作の映画)
4.0
大学院の哲学科に通うタマは、教授から「哲学的尾行」を勧められ、近所に住む石坂を尾行し始める。一軒家に娘と妻と暮らす、一見幸せそうに見える石坂の裏の顔を見る事になる。タマ自身は恋人に気を使いながら、見かけは円満な日々を送っていた。石坂の秘密の部分が明らかになっていくと、どんどん感情移入していく。

小池真理子の原作をもとに大胆に脚色された、ジャンルを超え独特の世界観を奏でる作品。

主人公タマ(門脇麦)の尾行の目と同じ角度で、まるでドキュメンタリーのようなカメラワークに、観客も同じように尾行してる気分を味わえる。もちろんその目には感情ものってくるし、揺れるカメラに心情の揺れを感じられる。

理由なき尾行が、対象のもう一つの顔を見る事で、のめり込んで行く。客観的な尾行のはずが、気づいたら感情移入しており、尾行の対象が咄嗟の判断で変わったり、やたら近寄り過ぎたり、そこに感情が交わり、尾行に楽しみを覚えてくるのは、観客も同じなのだ。

対象にバレてしまったとき、石坂の取る行動は、全てを見られた恥ずかしさより、それによる開放的な自分を出せる方が強い。タマとお酒を飲んで、野獣のように激しく求め合う姿は本来の人間の有り様のぶつかり合いである。

尾行相手が教授に変わると、さらに物語は深さを増してくる。本来の自分と、舞台で演じる自分、それから妻役を演じる、という三重生活により、本当の自分がどれなのか、それ自体も演技なのか、観客を翻弄してくる。

誰しもが自分を演じる俳優である。尾行されるときに見えるのは、偽りのない自分の姿だ。人のそれを見るのは楽しいだけでなく、そこに共感と自分自身を見るのだ。誰にでもある建前ではなく、本音の自分。そうして自分自身も誰かに見張られているということ。

観客が石坂を尾行するタマを監視しているように。映画の中の監視カメラも監視の層に深みをもたせ、よりリアルに世界の複雑さを物語っている。
そうやって大きなものに監視され、見張られているのだ。

何重もの自分を演じることで、人と繋がり、一瞬の温もりを求め生きている。苦しみや悲しみが多い世界だからこそ、その一瞬に価値を見出せるのだ。
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