Natsuクルーズ

ちはやふる 下の句のNatsuクルーズのネタバレレビュー・内容・結末

ちはやふる 下の句(2016年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

「針の穴を通すような正確さで、札の端っこ一点だけを、綺麗に弾くんだよ。指と札が糸で繋がってるんじゃないかってぐらいに。」




「熱血スポーツ漫画」とも評される原作は、出版社も違えば少年誌でもないのに、『バクマン』でも描かれていた「週刊少年ジャンプ」の鉄則「友情・努力・勝利」という要素が全て詰まっている。

原作ファン以外の、ほとんどの観客には全く馴染みが無かったであろう「競技かるた」=「畳の上の格闘技」の世界を舞台にしながらも、多くの人の感情を揺さぶる作品に仕上げた映画版スタッフに心からのスタンディングオベーションを贈りたい。

そして「競技かるた」という、恐らく本作が無ければ一生触れることも興味を持つことも無かったであろう世界に我々を放り込み、大きな感動と共に体感させてくれたことにも感謝したい。

《世の中には知らない事がたくさんあり、一歩踏み込むと、そこには「好き」になる物もたくさんあります。この映画は、その「好き」の扉を開ける作品になっていますので、映画を観て、ぜひ知らない事にも興味をもってくださるよう願っています》と語っていた原作者「末次由紀」の想いが心に響く。

本作「下の句」の初日舞台挨拶で、広瀬すず、野村周平、真剣佑、上白石萌音、松岡茉優、小泉徳宏監督らが登壇した際に、原作者の末次からの手紙を通じて「続編(三作目)製作決定」がサプライズで発表され、主演の広瀬は松岡と抱き合って喜びを分かち合い、壇上で泣き崩れた。

百人一首かるたは、百枚の読み札と同数の取り札の計二百枚から成る。

「競技かるた」は、読み手が読み上げる百人一首の「上の句」を聞いて、できるだけ早く「下の句」の札を取るというルールで、そのために100種類の歌を全て覚えることが必要になる。

まさに和歌のベストアルバムの様に厳選されている百人一首は、「百首」のうち約8割=79首は「男心」が書かれていて、43首が「恋の歌」である。

1首=31音(5・7・5・7・7=31文字)で描かれた百人一首の歌たち。

それらが厳選され、100首の「千年ものあいだ愛され続けた歌」の中から、禁じられた恋の相手を想って「在原業平」が詠んだとされる「千早振る 神代も聞かず竜田川 から紅に水くくるとは」の歌にちなんで本作には『ちはやふる』のタイトルがつけられている。

この歌には「私の燃える想いが、激しい水の流れを真っ赤に染め上げてしまうほど、今でもあなたを愛しています」という切ない恋心が込められている。

そして、千年前も今も「人を愛する気持ち」には何も変わりはない事が判る。

本作「下の句」は、「何故かるたをやるのか」や「人を想う気持ち」や「離れていても繋がっている心」など、前作「上の句」の熱いスポ根路線をあえて変え、より感情的な人間ドラマが深く掘り下げられている。

原作者の末次が語った《「ちはやふる」の本当の意味「勢いの強いさま」を、主人公が知り表現していく物語》が、前作以上にしっかりと描かれている。




「立ち上がって、思い出すんや。かるたが一番楽しかった時の事を。」




「下の句」から登場するクイーンの若宮詩暢を演じた松岡茉優は、『寄生獣』の後編から登場した浅野忠信の「真打登場」のようなかっこよさ、緊張感漂う堂々たる登場っぷりで特に素晴らしい。

彼女の「団体戦なんてお遊びやったって、全員に言わしたるわ。」というセリフは、過去のあらゆる映画に登場した好敵手・憎まれ役・悪役たちの名台詞の数々に並ぶ「凄み」とキレがあり、映画的カタルシスが頂点に達する。

そして、本作で語られる「個人戦こそが団体戦だ」という言葉。

その意味を、その光景を、ある人物が連続で「目撃」する後半の展開には心が激しく揺さぶられる。

それは「かるた」に限らず、スポーツ、学校や社会での人間関係、友達や恋人など、あらゆる場面に通じる心強いメッセージだ。

本作は、それに気付ける多くのヒントを発見でき、たくさん得ることができる。

世の中には知らない事や見たことも無い事がたくさんあり、興味の無いものは避けて通り過ぎがちだが、「好奇心」をもって未知なる世界に一歩踏み込んでみると、実はそこには「好き」になるもの、新鮮な驚き、違う角度から見えること、などの「大切なこと」がたくさんあったりする。

『ちはやふる』には、その「未知なる扉」を開けるキッカケと、「かけがえのない繋がり」の大切さ、それによって大きく羽ばたける可能性、などがたくさん込められている。

知らない世界に飛び込む事に躊躇っていた自分に笑顔で手を差し伸べて、「心強い勇気」をくれ、優しく背中を押してくれる。

そして「遠く離れていても、心は繋がっている」という、人と人との「絆」の素晴らしさ、その喜びや安心感にも改めて気付かせてくれ、大きな自己肯定感を持つこともできる。

この物語の深く熱い想いは永遠に心に残り、それを全て語るには「千の夜」をもってしても足りないだろう。

本作自体が「百人一首」=「読まれた瞬間に千年前とつながる歌」の様に、いつの時代も普遍的な物語。

「かるたを好きな者」が「かるたを知らなかった者」へと受け継ぎ広めていった「かるたの純粋な楽しさ」の様に、漫画と映画で描かれた『ちはやふる』という「歌」は、これから先、あらゆる事へ情熱を傾ける多くの人、未知の世界に羽ばたく第一歩を踏み出せずにいる人達を励ます「応援歌」となり、「心強い勇気」を与え続けるだろう。

そしていつか、力強くこう言える日がやってくる・・・「何かに躊躇って悩んでる人生なんてお遊びやったって、全員に言わしたるわ。」と。




「新に教えてもらったかるたが、どんどん広がっていくよ。」