うっちー

22年目の記憶のうっちーのレビュー・感想・評価

22年目の記憶(2014年製作の映画)
4.2
東京でも1館のみの上映。なんとか滑り込みで観てきました。予想以上の出来で、また、とても好みのテイスト。シリアスそうなのに、笑えて、でもやはり泣ける。

構造としては、ソン・ガンホの『大統領の理髪師』に近いと思った。70年代、まだ民主化までまだ長い道のりがあった時代、南北会談のリハーサルの為に、金日成役として国に雇われた、売れない俳優。顔も体型も、金日成とは全く似ていないソル・ギョングをキャスティングしたところが凄い。理髪師に出ていて、年代も近いソン・ガンホがやってもおかしくない役。だけれど、体型、顔はともかく、仕草や話し方、そして話しそうな内容にまで研究を尽くして、なりきっていく様のスリリングさが楽しめる。そして、それが今作の肝になっている。

妻を亡くし、母親とひとり息子のテシクとつつましく暮らしていた頃の描写がまた、面白い。とってもかわいいテシク役の子役、そして、俳優としては息子の目の前で無様な演技をみせてしまい、やさぐれるソングン。しかし、テシクに対する態度や慈しみの感情の表現が、いちいち細やかで、さらっと見せてはいるが、本当に巧みだ。そんなソングンが、国策に巻き込まれ(オーディションからして、あまりに手荒で、恐怖と嫌悪感さえ感じる)、自らの役者としてのアイデンティティーも揺さぶられ、果てには、まるで人格崩壊のような、辛い状況に陥れられてしまう。

成長したテシクを演じるパク・ヘイルもまた、いい。痛々しいまでの、少年期の身に起きた危機と、それをかなぐり捨てるように生きてきた彼ならではの、孤独感やある種の諦め感を漂わせながら、幼い子どものような幼稚さが同居したテシク。とっちゃん坊や的な、優男顔のヘイルはまさにぴったり。マルチに身をやつし、借金も抱えながら、案外モテる感じもあるというリアリティーがハマっている。
テシク周りの借金取りも、個性的だし、にくめない感じもあって、開発地区のど真ん中に建つテシク実家をなんとか売り払おうと画策するくだりは、喜劇っぽくて、たのしい。

そして最後のクライマックス。22年の時を経て、やっと来た出番に、汗だくで臨んだ、年老いた病身のソングンの演技の凄さと言ったら…! やり過ぎて、大統領や、彼の運命を狂わせた長官を相手に、演技にまぶしてぶつける皮肉、そして見守る息子に向けたリア王の演技。ただただ圧巻。映画なのに、息遣いまで聞こえてくる生の芝居を観ているかのよう。

韓国という国の、その時代に生まれてしまい、国の策略に巻き込まれてしまったひとりの市民の、悲劇としか言いようのない運命を軸に、父と子の愛情物語を、湿っぽくなく、ユーモアをまぶしながら描ききった監督や脚本の手腕も素晴らしく、長いけれど全く退屈しなかった。
テシクを愛するヨジョンが、普通にかわいくて、その料理をソングンが気にいるところや、悪役ぽい長官のアクの強さや演技指導する教授の、晩年の姿にもグッときた。

本当に良い映画だった。また観たいし、細かなところでの発見が多そうな作品でもある。
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