感動の拍手がおさまらないフェスのバック・ステージ、世界的な人気を誇るロック歌手のマリアン(ティルダ・スウィントン)はすっかり燃え尽きた様子で楽屋の端っこに佇む。熱の入るパフォーマンスの代償に潰れてしまった声帯と心を癒す為、恋人で無名カメラマンのポール(マティアス・スーナールツ)と南イタリアの孤島、シチリア・パンテッレリーア島で優雅な時間を過ごしていた。日光浴や泥まみれの森林浴で、2人っきりの水入らずの日々を過ごす6年目のカップルの元に、着信音がけたたましく鳴り響く。電話の主は、マリアンの元恋人でカリスマ音楽プロデューサーのハリー(レイフ・ファインズ)だった。機内からビッグ・サプライズを届けると宣言した彼の脇には、セクシーな娘ペン(ダコタ・ジョンソン)がいる。呆気にとられるカップルを尻目に、陽気なハリーはパンテッレリーア島でのヴァカンスを楽しんでいた。歌って踊り続けるエネルギーの塊のようなハリーは、実はマリアンとの復縁を狙っていた。一方、若さを持て余したペンはポールへの好奇心を募らせていくが、父親のはずのハリーとも妖しげな雰囲気を漂わせていた。やがてマリアンの嫉妬と困惑と迷いが最高潮に達した時、思いもよらない事件が起こる。
まるでリチャード・リンクレイターの『ビフォア・ミッドナイト』のように、避暑地でヴァカンスに戯れる6年目のカップルと元夫とその子供は、胸騒ぎのする距離感で互いを探り合う。マリアンが声が出ないのをいいことに、ポールとハリーは互いに張り合い、探り探りながらマウンティングを繰り返す。フローズン・ダイキリで羽目を外し、22歳だと宣言した少女の誘惑にも動じない夫婦の絆は完璧に見えたが、情緒不安定のまま突き進む自殺未遂の行き先を聞かれたポールは突如戸惑い始める。元旦那のミック・ジャガーばりのステップにマリアンの心は徐々に回復していくが、煮え切らないポールの思いが彼女を不安に貶める。ヨリック・ル・ソーのカメラは風光明媚なパンテッレリーア島の美しさをロング・ショットで大胆に据える。分断されたカップルは互いを思いながらも、別の恋に心を縛られる。ハリーと6年、ポールとも6年添い遂げたマリアンの思いは、自称22歳のレコードの裏表という形容に心を痛める。元夫の誘惑をシャットアウトする彼女の思いは、だからこそ現夫に負担をかけてしまう。ルカ・グァダニーノの前作『ミラノ、愛に生きる』同様に、ここでも平和なはずのプールが悲劇の現場になる。罪を犯した夫婦の口裏合わせは、だからこそ深い贖罪意識に満ちている。またしてもティルダ・スウィントンの演技は感動的で重い。