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ナチス第三の男のdm10foreverのレビュー・感想・評価

ナチス第三の男(2017年製作の映画)
3.7
【コントラスト】

先日「家へ帰ろう」という作品を観て、今も尚人々を苦しめ続ける戦争の傷跡というものを考えるきっかけになったところで、タイムリーともいうべき一作。

ナチスドイツが行なった「ユダヤ人大虐殺」の首謀者として悪名が高いラインハルト・ハイドリヒ。彼はナチスの高官の中で唯一暗殺された人物としても知られている。
何故彼は38歳という若さで命を落としたのか?彼の暗殺の背景にはいったい何があったのか?
映画を観る上で気になるポイントですよね。実際コピーでも書かれているし。

物語はハイドリヒが成り上がって行く過程を描く前半と、暗殺を目論むレジスタンスたちが暗殺に至るまでの経緯や葛藤を描く後半の2部構成となっている・・・んだけど、正直言って、ちょっとこの構成の仕方は失敗だったかなと思う。
勿論他にも2部構成で上手くいっている作品は沢山あるし、その方法自体が拙いというわけではない。ただ今作の作り方としてみたとき、どちらも中途半端に描いてしまったため、感情移入できるポイントが中々生まれず、結果的にハイドリヒの暗殺まで(割とすんなり)辿り着いてしまう。
その過程で「ハイドリヒ」と「レジスタンス」のどちらが主役なのかがハッキリしないため、ある意味では「ドキュメント」に近い立ち位置ですらある。
しかし、かといって勿論ドキュメントのような作品でもない。
だから困る。せめて「エンスラポイド作戦(ハイドリヒ暗殺作戦の呼称)」という事実にスポット当てたかったのなら、そこに至る過程をじっくり作るべきだし、仮にタイトルがこのままだとしてもハイドリヒの人物像を必要以上に掘り下げたりせずに「絶対的な恐怖の象徴」として描ききって、それに抗うレジスタンスたちとした方がもうちょっと分かりやすい構図になった気はする。
逆にハイドリヒにスポット当てるなら、いかにして彼があそこまで凶暴な人間になっていったのかという点をじっくり描いても良かったと思う。ナチスに入ってから如何にして彼がヒムラーに次ぐ地位まで登り詰め、どういう経緯、思想からユダヤ人の大虐殺にまで至ったのか・・・。彼が最後まで持ち続けた「ユダヤ人問題の最終的解決」という計画の恐ろしさ、彼の最後の言葉「奴らを踊らせろ・・・」等々。

ハイドリヒが実際に妻に言った言葉
「何故ユダヤ人を殺すのか?それは政治的理由ではなく医学的な理由だ」
これこそハイドリヒの思想の根底だし、こういう部分をキチンと描かないと「ハイドリヒ暗殺」の正当性(物語上のね)が薄まってしまう。

「悪い奴だから」には違いないんだろうけどさ、でも何故ハイドリヒ?・・・っていう。

きっと歴史的事実や人物の相関関係なんかを押さえた上で見れば、自分の中でもっと世界が膨らむタイプの作品なのかもしれない。
ただ、もう少し親切でも良かったかな・・・。いきなり「東方の三博士」って言われても、他の人物自体を飲み込めてない状況で、誰が誰だか・・と迷子になってしまう。

俳優さんたちはとても良かった。ハイドリヒ役のジェイソン・クラークの冷徹な視線は、自分のイメージする「ナチス」そのものだったし、奥さんのリナ役のロザムンド・パイクは(どっかでみたな~)と思ったら「ゴーンガール」の奥さんね!繋がった。やっぱり上手。
あと個人的に嬉しかったのは、最近良く観るノア・ジュープ君(「ワンダー」でオギーの親友ジャックウィルを演じた子です)。出番は少なかったけど最後にとても存在感のある役で、彼のシーンでは思わず泣けました。

というか、彼のシーンだけではなくこの映画自体が実話ベースですので、結論から言えば辛い終わり方をします。
彼らが果たした「ハイドリヒ暗殺」という使命を考えれば一応の成果は挙げたことにはなりますが、結果的に強大なナチスの前には為す術もなく、むしろハイドリヒの死後に実施された強烈な報復措置によってもの凄い数の市民が処刑されてしまいます。だからこの作戦自体が成功だったのかどうかという評価は中々難しいところではあるんでしょうね。

ただ、否定的な意見ばかりかというとそうでもありません。
印象的だったのが「親と子」という構図を様々な角度から撮っていたように感じた点です。
これはきっと意図的なものなんだろうなと感じましたが、直接的、間接的含め、いくつか印象に残るようなポイントに「ぽっ」と置かれる感じといいますか。

ナチス親衛隊の隊員達の前で毅然と指示を出すハイドリヒ。しかし次の瞬間では息子のピアノのレッスンに真剣に付き合うハイドリヒ。正に人間の裏表のコントラストを一瞬で分からせる表現として分かりやすかったし、レジスタンスたちの子供が日々の危険に怯えながらも子供らしさを失わずに生きていた。特にハイドリヒ暗殺直後、戒厳令を知らせるサイレンが鳴り響く街中をフワフワと歩く女の子。緊張感が漂うシーンの中にある現実感のない少女の姿というのは幻想的でもありつつ戦争の恐ろしい断面でもありつつ。
他にもレジスタンスの日常をコミカルなタッチで描いてみたりと、若干ですが攻めてる感じもある作品ではあります。

先にも書いたバランスがもう少しよければもっと面白い作品になったかも・・・という感想でした。
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