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アノマリサのemilyのレビュー・感想・評価

アノマリサ(2015年製作の映画)
4.1
カスタマーサービス界で名声を築き、本も出版、私生活も妻子に恵まれ、幸せな日々を送ってるマイケル・ストーンだが、日常に退屈を感じ居場所を失っていた。そんなある日、講演をするためシンシナティーを訪れると、長い間周りの声が同じ声にしか聞こえなかったのに、初めて違う声が聞こえる。その声の持ち主がリサだった。

ストーリーはいたってシンプルだ。これをアニメでストップモーションで描いている。大きなストーリー展開がある訳ではない。しかし周りの声が雑踏に消えるように同じ声に聞こえる、同じ人に見えるという状況をアニメーションにすることで見事に再現している。同じ人が周りの声を担当し、実写では描けない空虚感を見事なまでに演出している。


通常実写だとカットさせるであろう部分もしっかり描く。トイレのシーンも最後の最後まで描き、アニメの枠を超えた、奇妙すぎるリアリティを生み出している。もちろんストップモーションで描いてる訳だから、ワンシーンにかかる労力も半端ではないのだ。実際撮り終えるのに2年も費やしたというのだから、信じられない大変な作業だっただろう。それだけで尊敬に値する。

なんとも皮肉なもので、”必要不可欠ではないシーン”の数々を描く事で、その労力が目に入ってくる。なぜ、そこを描くのかと言う疑問が生まれる。ストーリーとしては単純なのに、そこに見える作り手の労力が映画に息を、生を与え、観る者を魅了するのだ。

映画の主人公も同じように、周りの声が同じに聞こえる、顔が同じに見える世界というのは、自分自身により作ってしまった世界である。その世界は自分の努力次第で変えられるが、そこにはかなりの労力が必要だ。

人としっかり繋がり、その人をわかろうとする。疑問をもって、相手に投げかける。周りにいる自分にとって”ただの人”に息を吹きかけて、名前を聞き、相手を知っていく。それは面倒な事で労力を要するが、そうすることでしか、自分の存在を見出せない。まずは自分をしっかり知ること、そうして周りとかかわる事で、”ただの人”が名前をもっていきてくる。

ストップモーションアニメにすることで、皮肉にも人の生の通った生きる事を考えさせられ、自分の存在の意味を問いかけてくるのだ。まずは自分自身と向き合い、自分を知る事から始めなくてはならない。
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