Mayuzumi

元禄快挙余譚 土屋主税 落花の巻のMayuzumiのレビュー・感想・評価

3.6
 座頭市の脚本を書いた犬塚稔の監督作の中で、唯一の現存作といっていい作品であり、又、長谷川一夫が林長二郎と名乗っていたころの数少ない現存作でもある、戦前の松竹・下加茂産時代劇、冬島泰三の脚本である。冬島は戦前に同じく長二郎で『かごや判官』、戦後に大河内傳次郎で『上州鴉』なんかを撮った、モダンな筋はこびや洒落た演出を得意とする、愛すべき時代劇作家である。
 忠臣蔵なのだが、大石内蔵助も浅野内匠頭もほとんど出て来ない、松の廊下の人情沙汰もない、という珍しいもので、主人公は土屋主税と杉野十平次である。誰やねんお前らと言いたくなるが、土屋は吉良邸のお隣に住む旗本で、杉野は浅野の一家臣、これを長二郎が二役でやるのである。いずれも、性格こそ違うが、彼らしい線の細い、甘い儚い雰囲気を味わえる。
 犬塚の演出は詩情あふれる繊細なもので、小道具の捉え方やカットの切り替えや省略の仕方に、モダンではあるが、なんとなしに詩人の筆運びのような情緒をかんじる。
 冒頭、式典の参加者の姓名を和紙に清書する、という、在りそうでなかった場面からはじまるが、そこへ、ふっと窓の満開の桜と南蛮製の時計を立て続けに見せる演出や、葬式々場の玄関に几帳面に並べられた浪士の草履のカットから、川へ落花しながれる花弁のショットへつなぐ鮮やかな手際、又、矢場で太夫といっしょに弓を引く場面の、矢がお面にあたって激情のようにくるくる回る一瞬をとらえたキャメラには、なつかしさすら感じられる。
 長二郎の十平次と高田浩吉の大高源吾の、どことなしにBLチックな関係にも注目したい。十平次の悪態と、それに対していちいち本気になって言い返す源吾に微笑ましさを禁じ得ない。それも高田浩吉がやるので、どこか金持ちのボンボンが甘えてものをいっているような格好になっているのがおもしろい。ちなみに、原作は緑園子という、謎の女作家の手によるものだそうだから、非常に女性的な忠臣蔵ということになるだろうか。


(補遺)
 ディスクプランから発売されているDVDがあるが、映像・音声ともに劣悪の極みである。現存は52分。オリジナルは9巻=約90分
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