きょんちゃみ

エル ELLEのきょんちゃみのレビュー・感想・評価

エル ELLE(2016年製作の映画)
4.0
ミシェルは被害者であり、加害者遺族であり、母であり、娘であり、元妻であり、良き友であり、敏腕社長であり、女であり、そしてそのどれでもない。

この映画は、あらゆる単純化・イメージ化・物語化の欲望を裏切り続けるひとりの人間を描いていた。ミシェルを単純化して自分の思考が扱える形で包摂しようとした男たちはことごとくヘタレとして描かれている。ミシェルはどんなcomprendre(=一緒にして扱うこと=理解)からも逃れ去る他者なのだ。

現実から敢えて目を逸らして、信仰というその代替物を生きるレベッカと、自分(だけ)で考える権利を手放そうとしないミシェルが隣に住んでいる。どちらが本当の意味で誠実だろうか。実はミシェルの方が誠実であるというのがこの映画であると思う。

『ブラックブック』ではエリスとロニーが対比されており、『ELLE』ではミシェルとレベッカが対比されていると思う。

最後にミシェルがアンナと一緒に歩いて消えていくシーンで、レズビアン的なものを匂わせてくるシーンはマジで見事だなと思いました。

【この映画の興味深い論点】

①どんどん夢のなかで主人公ミシェルはトラウマを手なづけていく。夢が繰り返されるたびにその夢の中で相手を仕留めていく。女の心理的回復の過程が描かれている。

②「レイプされた者がなぜ泣かないのかって?泣いたところでレイピストにダメージが与えられるわけではないからよ。それに、レイプ被害者として一括りにされて弱い者扱いされるのもまっぴらだわ」とミシェルは思っていそう。だからレイプされたらまずやることは、寿司を食うこと、そして武器を買うこと。セカンドレイプされるかもしれないから、警察なんか信じない。ネタにしたいだけのマスコミなんかもっと信じない。

③イザベル・ユペールは60歳を超えているのに極めて美人であるということ。ちなみに現在は69歳です。イザベル・ユペールが好きならば『快楽の漸進的横滑り』という映画と『ピアニスト』という映画と『アスファルト』という映画がおすすめです。

④レイプする人が単なる悪いやつとは描かれていないのが恐ろしいところ。むしろ単に馬鹿で異常な性癖を持っているというだけ。実際、車で事故ったミシェルを助けにくるのはまさにレイピストのパトリックであったことを思い出したい。レイピストのパトリックよりも、むしろそのレイピストの嫁が、正真正銘の悪として描かれていると思う。彼女は「夫に応じてくれてありがとう」と劇中で発言しているから。



【ELLEにおける脱-道徳的過ぎて、誰も語らない爆笑ポイント】

❶白人同士の子供に黒人の子供が生まれるシーン
→流石にここは爆笑してしまった。ブラックジョークにも程がある。ミシェルの息子は本当にお馬鹿すぎる。というか、バーホーベンの映画に出てくる男性は驚くほどバカ。自分の息子が黒人であるわけがないのに、浮気されていることを認めたくなくてオロオロしてるのもウケる。
❷亡くなったお母さんの遺灰の撒き方が適当すぎるシーン
→ミシェルは多分不要な道徳とか宗教とか一切信じてない。そこが非常にクール。お母さんはもう死んでいて、その事実は動かないんだから、遺灰に不要なセンチメンタル時間をとったりはしないんだと思う。ミシェルはとにかくドライな人。ミシェルは仕事できそう。
きょんちゃみ

きょんちゃみ