ベイビー

わたしは、ダニエル・ブレイクのベイビーのレビュー・感想・評価

3.9
初めて観るケン・ローチ監督作品。

左派、社会派色の強い監督とは知っていましたが、今作を観た限りで言えば、なるほど弱者の代弁者として、複雑な社会制度に異議申し立てを訴えかけるような作品でした。

声にならない悲鳴
目に見えない壁
寄り添わない福祉制度

まるで救われない負の循環。それは今作に出てきた浴室のタイルの様です。

厳しい生活の中、現状を少しでも良くしようと風呂場を掃除をしたところで、悪劣な環境に晒され続けた壁の古いタイルは脆くも剥がれ落ち、簡単に割れてしまいます。もうその割れたタイルは元には戻りません。ただそこに残るのは、以前よりも悪化した現実と「何もしなければよかった…」という後悔のみです。

環境とは社会制度
風呂場は人の尊厳
タイルは人の心…

社会は国民一人一人に寄り添ってはくれない。システムの流れに"例外"を作ってはならない。特別は許されない。国としてはそれが国民に対して公平な対処だとしても、国民としては国が定めたやり方にそぐわないことだってあります。

それは、ダニエルが慣れないPCと格闘するたびに表れる"Error"表記と同じです。国が国民に寄り添うのではなく、国民が国に寄り添わなければ"Error"としてシステムから弾かれてしまうのです。

そうやって国が定める社会制度の隙間に入り込んでしまったダニエルは、同じような環境で苦しむシングルマザーのケイティに自分の姿を写し、彼女の家庭を守る事で、剥がれ落ちそうになった自分の尊厳の穴を埋めようとします。

正しさとは何か
救済とは何か
優しさとは何か
人の尊厳とは何か

国が寄り添ってくれなくとも、隣人に優しくすれば、自分を頼り寄り添ってくれる。その支えでやっと生きて行ける…

そんな弱者たちの目線になって描かれた普遍的な叫びの物語。その心の叫びがタイトル一言に込められているように感じられました。とても見事だと思います。
ベイビー

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