しの

ハクソー・リッジのしののレビュー・感想・評価

ハクソー・リッジ(2016年製作の映画)
4.0
「信仰の意味」を描いたのが『沈黙』なら、これはそれに加え「信仰の力」を描いている。それは、信念を貫くためのある種の「狂気」だ。しかし、戦争という狂気には狂気で対抗するしかない。単にプライドの問題なのかもしれない、自分は正気じゃないなんてわかってる。そうやって自覚的に狂気を「操れる」人間が何人いるか。これは史実だからこそ力を帯びる作品だ。

ガーフィールド主演、辛く重いテイスト、日本が舞台……などという表面的な要素のみならず、内容的な部分でも本作は『沈黙』と重なる部分がとても多い。それゆえに両者を比較して吟味すると理解が深まる。
例えばどちらも主人公が「神の声」を聞くシーンがあるが、両者でその表現が異なり、それが作品の性格をよく表している。『沈黙』では長い自己との対話の末にある種虚構的な声を見出すが、本作では有無を言わせず現実的な声が響いてくる。
ただ、いずれにせよその「声」は聞いたものの行動に強く作用することが描かれる。それは自分を奮い立たせ、勇気を与える行為に他ならない。世界が信念を捨てよと迫るとき、それでもなお自分の信念を貫く勇気を。

よく言われる日本兵の無機質さだが、個人的には全く気にならなかった。なぜかというと、そもそもこの映画はアメリカや日本というよりは、ひたすら「極限状態に置かれた1人の男の愚直な信仰」にフォーカスしているからだ。
その意味で、日本兵を単に「ワラワラ湧いてくる脅威」として無機質に描くのは許容範囲だと思う。アメリカ兵も「奴らはしぶとい」「奴らに砲撃は効かない」とか言うだけで、イデオロギー的な側面はあえて排除され、純粋な恐怖・脅威として描かれている。これにより、例えば日本兵から見たアメリカ兵も同じように映っていたのだろうと思わせるだけの説得力がある。
要はこの映画において「なぜ戦ってるか」とか「どちらが悪いのか」とかはそもそも問題にされていない。ただ既に「アメリカと日本がお互い引けない戦いを繰り広げている」というどうしようもない状況があるだけで、そういう理不尽な状況の中で自分の信念を曲げないことを描く物語なのだ。

デズモンドの人間性があまり親しみの湧くものではなく、むしろ前半の日常パートからすでに「狂人」の雰囲気を醸し出している。入隊してからも、厳しい軍曹の前でニヤニヤする彼はもはや若干サイコパスじみてると思うかもしれない。「英雄」の描写がこんなのでいいのだろうかと心配になるだろう。
しかし、上記の通りこれはある種「狂気」とも言える信念の物語なわけで、そう考えれば彼のキャラ描写には納得せざるを得ない。あれほどの正義を成すためには、やはりどこかぶっ飛んでないといけないのだ。

我々が彼のようになれるかはさておき、何が正しいのかわからない極限状態において「自分を保つ」には、それ相応の覚悟が必要であることは心に留めていいだろう。
しの

しの