note

おじいちゃんはデブゴンのnoteのネタバレレビュー・内容・結末

おじいちゃんはデブゴン(2016年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

かつて人民解放軍で要人警護をしていたディンは引退後、ロシア国境に近い田舎町で、認知症の初期症状に悩みながらも平穏に暮らしていた。ある日、中国とロシアの犯罪組織の抗争に巻き込まれ、孫のようにかわいがっていた隣家の少女チュンファにも危険が及ぶ。そのとき、ディンの封印していた闘争本能が目を覚ます!

「舐めてた相手が実は…」という類いのアクション映画は一通り出尽くしたか?と思っていたが、高齢化社会のこのご時世に「認知症の老人」が活躍するとは盲点だった。

そんな役にピッタリとハマっているのが香港映画界のレジェンド、サモ・ハン。
80年代に数々のカンフーアクションの傑作を世に送り出した彼は日本でもデブゴンの愛称で親しまれていた。
盟友ジャッキー・チェンと並び今も根強い人気を誇る彼が久しぶりに監督・主演・アクション監督を兼ねて贈る渾身の作品。
痛快にしてホロリと泣ける良作である。

主人公ディンには孫娘がいたが、一緒に出かけた際に孫娘を見失ってしまい、それ以来行方不明になったまま。
孫の母であるディンの娘は彼を責めて疎縁となる。
ディンは思い出の多い北京を離れ、ロシアとの国境に近い故郷の村で一人暮らし。

もう、スタートから寂しい。
孤独な老人の一人暮らしだ。
過去に栄華を極めた人間の成れの果てが、こんな暮らしなのか?
若き日の快活なサモハンを知る者は当時と重ねて「嘘だろ?」という信じたくない気持ちと、「いつか自分もこうなるのか…?」と、同情に支配されてしまう。
しかも、医者からは認知症を宣告され、メモ代わりにボイスレコーダーを勧められる有り様だ。

そんなディンが唯一心を許す相手は、隣家に住む少女チュンファだけ。
(ディンに惚れているのか?同世代の大家の女性が甲斐甲斐しくディンの世話を焼くが)
チュンファの父レイは定職につかず、酒とギャンブルに明け暮れ、中国マフィアから多額の借金をしている。
レイをサモハンの盟友・美男のアンディ・ラウが演じているが「良い所は髪型だけ」というフレーズは笑った。

父の暴力に耐えかね、ディンの家に隠れる少女チュンファとディンの関係は「レオン」を思い出す。
チュンファに自分の孫娘の面影を重ね、怪我の手当てをしたり、他愛のない会話や釣りに付き合ってあげるディンの姿は、まるで孫娘への罪滅ぼしのようで、これまた寂しい。

だが、本作の悪役はレイではない。
借金を返すあてもないレイの弱みにつけこみ、中国マフィアのボスのチョイはレイをウラジオストクへ向かわせ、ロシアン・マフィアの持つ宝石を奪うよう指示。
レイは何とか宝石の入ったバッグを盗み出すも、魔が差したレイは止せばいいのにバッグを持って逃走してしまう。

チョイは手下をチュンファのもとに差し向け、父の行方を吐かせようとする。
そこに現れたディンは咄嗟にカンフー技を駆使して手下を撃退する。
悪党を退ける手段は身体が覚えている、というわけだ。
さすがに全盛期のような跳んだり跳ねたりの「動けるデブ」のコメディチックで派手な動きは無いが、「イップマン」の詠春拳のごとく手技で相手の攻撃をかわし、的確に攻撃を与える。
骨折させて相手の動きを封じるとは、ある意味、達人の「優しさ」なのかもしれない。

しかし後日、チュンファの姿が見えなくなる。
心配するディンのもとにレイが現れ、娘を世話してくれたお礼にと金を渡して立ち去ろうとするが、直後にレイはチョイの一味に捕まって殺害され、家に火を放たれてしまう。

一方、ロシアン・マフィアもチョイから宝石奪還のため中国に乗り込んでくる。
何としてでもチュンファを助けたいディンは、手掛かりを知っているであろうチョイのアジトに単身乗り込んでゆく。

クライマックスはかつての達人とはいえ、老いた身体ゆえにハラハラするカンフーアクション。
技はあれども体力がついていかない。
その匙加減が上手い。
サモハンの実年齢と体型というハンデもあって、頑張れと応援せずにはいられない。
全員を倒してしまうのは都合の良い展開なのだが、無双アクションとは違う満身創痍の勝利は非常に人間臭いのである。

チョイが宝石を持って逃げようとしたところにロシアン・マフィアらが現れ、三つ巴の闘いの末にロシアン・マフィアはチョイから宝石を奪還して逃走するが、パトカーとのカーチェイスの末に事故を起こして逮捕される。

宝石を持って逃げようとするチョイを追うディンだが、チョイは別の組織に寝返った手下の手で殺害され、チュンファの手掛かりは消えてしまう。
何度も警察を訪れるディンだったが、数日後チュンファは無事に戻ってくる。
チュンファは友人の家に滞在していたのだった。
父を失ったチュンファはディンと一緒に暮らすことになり、映画は終わる。

認知症が進む老人がどんどん記憶が無くなる中で、慕ってくれる少女を巻き込まれたマフィアの抗争から助けるために単身乗り込み、必殺拳で殲滅する。
ただそれだけのシンプルなストーリー。

カンフーアクションよりもヒューマンストーリー、特に「老い」に視点を置いた緻密な仕上がり。
どんな人間も老いには勝てないことを正直に描いている。
大家に自分の人生を語り、「優しくされる資格などない」と自己犠牲に散る覚悟を見せるシーンは泣ける。
最後は愛する者と幸せな余生を得るハッピーエンドだ。
「あぁ…本当に良かったね」と心から思う。
シンプルでご都合主義な物語は「骨太で誠実なファンタジー」と言い換えることができるだろう。

アンディ・ラウだけでなく、ユン・ピョウ、ツイ・ハーク、ディーン・セキ、カール・マッカといった昔からサモ・ハンと関係が深い顔ぶれがゲスト出演しているのも香港映画ファンとしては嬉しい。
サモハンの人柄が分かろうというものだ。

サモハンを知らない人でも分かりやすい話だが、サモハンを知る者ならば、なお楽しめる(ハラハラする)。
サモハン版の「レオン」、または「グラン・トリノ」というべきハートフルなアクション映画である。
note

note