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君の名前で僕を呼んでのHrtのレビュー・感想・評価

君の名前で僕を呼んで(2017年製作の映画)
5.0
夏の北イタリアの避暑地。その街並みのなんと美しいこと。
1980年代のイタリアといえば「鉛の時代」だ。各地で相次ぐテロや政治的大スキャンダルにより国中が不安定な状況だったが、そんな喧騒とはまるで無関係とでも言うように主人公の家族はゆっくりと過ぎる時間を過ごしている。
緑に囲まれた別荘、季節を感じさせる太陽の光。中から外、外から中へのコントラストが鮮烈に映える。
舞台はイタリアだが物語はギリシャ的だ。
エリオの父・パールマン教授とオリヴァーの研究材料はギリシャ彫刻であり、なによりまずエリオが古代ギリシャの少年のようなフォルムをしている。
未成年のエリオと成人男性のオリヴァーの恋というのも古代ギリシャではある種、思春期の通過儀礼だったとされる少年愛の形を模しているだろう。
だが相手が同性であれ異性であれ、ここで描かれているのは恋愛そのものの甘美な痛みだ。
ただ自然に、エリオとオリヴァーの関係性の変化が描かれる。
そこにクィアな視点は全く無いと言っていい。
イニシエーションとしての初恋。それに伴う成長のような描写は極めて普遍的なものだが、本作にはそこにとてつもない知性と品格を感じるのだ。

それは官能的なシーンにも内包される。
ラブシーンはもちろん水辺やダンス、事あるごとに出てくる食事シーンに見られるが、決していやらしさのないセクシュアリティを随所に感じられる。
オリヴァーにはまだしも父親に女の子とあと一息でセックスできそうだったと話すエリオはとても正気とは思えなかったが、あれは性衝動を思春期の男女には必ず訪れるものとして肯定的に捉えているがゆえの会話だろう。

オリヴァーと初めて事に及ぶその昼間には女友達であるマルシアを離れに連れ込む奔放ぶり。しかし彼女を愛撫する最中も早く約束した夜にならないかと時計が気になるエリオが身勝手で愛おしく感じる。
タイトルの『君の名前で僕を呼んで』はその夜のオリヴァーの台詞として出てくる。
また、エリオがオリヴァーが別荘にやってきた日に着ていたライトブルーのシャツを欲しがったように。
彼らは一体化を望んだというには少し短絡的かもしれないが、そう解釈することも可能だろう。

時代の動乱はどこ吹く風。刹那的な時間の中でお互いをかけがえのないものと認識しあった2人の関係にただ心が動いてしまう。
長回しで捉えられた、エリオが暖炉の火の前で涙を流す印象的なカット。
彼の目に映るのは今もなお情熱的に燃え続ける恋心か、あるいは2人の間にまだ残っていると信じたい愛そのものか。
夏の終わり、大学院生の帰路を見送り心が張り裂けた息子に思いやり深い言葉をかけるパールマン教授。
父親の言葉に従うように、彼は傷ついた心を抑え込むことなく涙を流し続けた。
そこに呼応するはSufjan Stevens書き下ろしによる”Visions of Gideon”。
ギデオンとは旧約聖書の登場人物。神に選ばれし士師。
ユダヤ教のシンボルを肌身離さず付けていたオリヴァーが神だとすれば、この曲はまさにエリオの心情そのものを表している。
その切ないリフレインがより感傷度を増幅させる。
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