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牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件 デジタル・リマスター版のpanpieのレビュー・感想・評価

4.2
1991年アジアの名だたる映画祭で数々の賞を受賞し未だDVD化されていないという名作が私の住む所でも公開されると知り好奇心を抑えきれずに観に行った今作 。
マーティン・スコセッシが設立したフィルムファウンデーションによってデジタルリマスター版が制作されたそうだ。
スコセッシの思い入れが半端ない今作、全くと言っていい程予習なしに挑んでしまった。
果たして236分耐えられるか?


1895年日清戦争によって日本が台湾を統治する事となり1945年の太平洋戦争で降伏する迄それは続いた。
以後は中華民国が台北市を首都と定め1960年代は大陸から渡って来た人々で爆発的に人口が増加したそうだ。
中国大陸から移り住んだ人々を〝外省人(がいしょうじん)〟と呼び今作に登場する少年達やエドワード・ヤン監督も外省人だった。
それに対して日本が統治していた頃から既に住んでいた人々を〝本省人(ほんしょうじん)〟と分けて呼んでいた。
今作で少年達が対立し抗争を重ねて来た背景はこれに由来し戦争で敵味方に分かれていたのにもかかわらずこれからは一緒に生きていかなければならず「はい、決まりましたから明日から仲良くね!」と言われても上手くいかないのは当然の事だ。
大人達が醸し出しているこの微妙な空気を少年達が読み取って抗争が絶えないのだが今作では外省人同士の対立を描いていてそこには親が階級の高い軍人の息子が階級の低い軍人の息子に幅を利かせまるで大人社会の様だ。

そんな時代背景がある当時の複雑な台北が今作の舞台。
主人公の小四(シャオスー)は建国中学昼間部の受験に失敗し夜間部に通う。
小四は違うが友達は〝小公園〟という不良グループに属している。
小四の両親は外省人で階級の低い軍人家族が住むけんそん(漢字が出ない!)と呼ばれる地区に住んでいる。
ある日小四は小明(シャオミン)と出会い彼女に淡い恋心を抱く。
でも小明は〝小公園〟のリーダー、ハニーの彼女だったのだ。
ハニーは敵対する不良グループの〝217〟のリーダーと小明を奪い合い殺人を犯し逃げている。
ハニーの不在中に権力者の親がいる滑頭(ホワトウ)がのし上がっていた。
そこへハニーが戻って来て事件が起きそれが波紋を広げ…


今作は小四が小明へ寄せる淡い恋を描いているだけで無くその家族や友達、対立しているグループなど総勢20人以上の登場人物の相関関係を描き更には当時の時代背景も加味する事で複雑な人間関係を理解しなければならなかった。
顔を覚える事は意外と容易かったが名前が日本と同じ漢字ではあるが読み方が違ってそこが覚えられなかった。
それだけの登場人物がいればどうしても尺が長くなってしまう事は必然でありトイレ問題はなんとかクリア出来たが座り続ける事はお尻が痛くなり些かストレスであった。
今作も観た後すぐより時間が経って時代背景を調べた上で思い返すとジワジワくる映画であった。

今作に登場する少年少女はほぼ演技経験が無く長期間のリハーサルを経てそれから撮影に入ったらしい。
エドワード・ヤン監督は外省人で小四と同じく建国中学昼間部の受験に失敗し夜間部に通っていた過去を持つ。
小四は監督の少年期と言っても過言では無いようだ。
そして父親の過ごした動乱期の台北をどうしても描き映画に残したかったそうだ。

小四演じる張震(チャン・チェン)は今作の父親役の張國柱(チャン・クオチュー)が実の父親で兄役のチャン・ハン(漢字が出ないです(^^;;)も実の兄だそうだ。
その後ウォン・カーウァイ監督、ジョン・ウー監督、アン・リー監督作などを渡り歩き台湾を代表する俳優の一人となったようだ。

小明を演じたリサ・ヤン(漢字は出ません)は7歳でアメリカへ移住していたが小明がなかなか決まらなくヤン監督は友人の伝手を頼りに渡米しリサを見つけたらしい。
蓮佛美沙子さん似のリサはまだ幼なさが残る可愛らしい顔立ちで少年達を夢中にさせる透明感は抜きん出ていて彼氏をとっかえひっかえするような少女には見えなく彼女の起用に少し疑問を持ったのだが中盤から出てこなくなりラストで出て来た時の彼女の台詞から小明にぴったりで寒気がした。
少女を侮る事なかれ。
その後女優の道を歩んでいるのかは分からないが少女の中に女を見て鳥肌が暫くたったままだった。
彼女の目がいい。

当時台湾でもプレスリーが若者の間で流行っていてプレスリーの曲を少年達が歌うシーンが多くアメリカ文化も広まっている様子も分かる。
劇中小四の友達で王茂(ワンマオ)役の王啓讃(ワン・チーザン)がリトルプレスリーの異名を持ちボーイソプラノの美しい声で
「Angel Baby」や「Are You Lonesome Tonight」を歌い上げる。
小四の親友の大事な役どころで歌も上手い!
顔つきも小さいながらなかなか目力があって将来楽しみだなと思う少年だった。
歌手でもしてるの?と思ったが現在は映画界を離れているそうだ。
背が小さかったが小四役のチャン・チェンとは一歳違い!
この年頃の男の子はそういえば体格の違いが凄かったな!と私の記憶を手繰り寄せてみて納得した。

今作は夜間部が舞台な為夜の顔もよく分からないような漆黒の闇が度々スクリーンを覆い冒頭の昼間の自転車のシーンなど採光を際立たせ美しい。

劇中に学校の隣に映画の撮影所がありそこに忍び込んで小四が懐中電灯を盗むのだが懐中電灯がこの漆黒の闇を照らすストーリーテラーの意味合いも持つ。
そういえば日本家屋の押入れの下段に小四は寝起きしており万年床でも懐中電灯は活躍していたっけ。
ラストで撮影所に残して来たのは偶然か故意にかどちらにも取れるのだが悲しいラストまで色々な事件を照らして来た懐中電灯の使い方は流石だと思った。

日本が統治していたので小四の家は日本家屋だし他の少年達の家の屋根裏に日本刀や女性の護身用の小刀や出て来たり何かと日本の影が見え隠れしていて歴史を垣間見ることができる。
そういえばリトルプレスリーの家で小刀と一緒に見つかったという日本女性の白黒写真は一体誰だったのだろう。
当時のアイドル歌手?女優さん?
小四はそれを行く度いつも眺めるのでリトルプレスリーからもらって自宅の押入れの万年床でも懐中電灯を使って見ているのだが年代的には当時の大スター原節子さんなのでは?と思ったが一瞬映る表情が違った気がして私には分からなかった。

今作は現代のご丁寧に描かれた作品と違い記憶力、想像力を働かせて当時の時代背景を理解した上で観るととても面白かったに違いない。
鑑賞前にどれだけ予習するかは以前にもレビューに書いたが何も知らずに涙した作品もありどれも予習をばっちりする事にも疑問が残るし今作の様な歴史物はやはり予習は必要だったと思われる。
劇場が暑く前半は集中力が途切れた所もあったのだがそれを抜いても私は中盤以降から引き込まれてしまった。
現代の映画にはない丁寧さは見事だった。
これだけ尺が長くても観終わってから思う事はどのシーンも必要だったかなと。

今作の前に「恐怖分子」を見逃しているので改めて観てみたい。
2000年カンヌで監督賞を受賞した「ヤンヤン 夏の想い出」も是非観たい。

59歳でこの世を去ったエドワード・ヤン監督。
今年は監督の生誕70年、没後10年に当たるそうだ。
その節目の年にあらためて上映され観る事が出来てとても嬉しい。
まだ現代の台湾映画を撮って欲しかった。
貴重な他国の戦後の様子を知る事が出来こんな形で日本が登場する事も興味深かった。
今作もなかなかレビュー出来なかったが出来ない間に感想が降りてきて固まってくる映画が多いのだなと改めて思った。
降りてくるのを待つ。
大切な時間をあたためる事が必要な映画であった。
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