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そうして私たちはプールに金魚を、の8637のレビュー・感想・評価

5.0
5年ぶりくらいに観た。多分十数回目。やっぱりいつ観ても面白い。
そして6月末という頃合いで思うのは、夏を感じる映画だな、と。

もうセリフをほぼ覚えたし、幾らでも脳裏に浮かぶ。今ではシネクイントで普通に売られている希少パンフが欲しすぎて、メルカリで落札した(今回それにキャストと監督からサインを頂けて嬉しい限りです)。
こんなにも鋭利な言葉を吐いているのが中学生...いや高校生か...?...いや台詞準拠でいくと中3なのか。信じられない。気付かぬうちに彼女たちの年齢を超えていたなんて。
「ウィーアーリトルゾンビーズ」に感銘を受け、若くしてTwitterに想いを綴り始めたあの12才の少年も、もう成人間近である。中学生にしては大人びすぎだ...とかどうかすらももう判断できない。完全に"そちら側"に成り下がった人間だ。
「ダンジョンばかやろう」がビートたけしをもじっている事や「涙を上からと下からも流していた」の真意に初めて気付いた。これも性徴か。

他にも思った事が沢山あったのでそれをたくさん書き殴っていきます。

まず、映像の高画質さ。一応自主映画という分類なんだろうけどここまで綺麗に撮れるものか。例えば冒頭の、テレビを起点としたロングショットや、金魚を取り損ねたポイ。遠くから正面を固定で追うショットの数々も素晴らしい。
混み入った印象のある長久作品だが、よく観てみると意外とロングショットが多かったりする(ふきんちん、ラザニアと父...etc.)。
そこに流れているのは、現実にもよく似た絶妙な間。この空気感を出せるのは恐らく演出家としての強みでもある。

現実パートとモノローグパートは"緊張と緩和"芸。感情剥き出しなこの手法が逆に現実だったりもする。
ただやはり白眉なのはエンタメ性の側面。映画とは思えないシークエンスの応酬の数々、そして僕はこのスタイルが好きだからシネフィルと相入れない部分があるのかもしれない。全編全てを巻き戻すというメタ的なクライマックスまで一直線。
"未来のお前ら"と出会ってからの小ネタ集も本筋と関係ないのにこんなにも素晴らしい、こういうくだらない事ばっか考えて人生を過ごしたいと思うし、事実中学生当時はそうだったかもしれない。

だから今「あの頃もっとこうできたんじゃないか」という後悔に苛まれてばかりである。
「プー金」を初めて観たのは小6、今から6年前に遡る。その頃からコロナ禍も経てるのに、僕は大して何もしていない。何かはし続けているはずなのだが、大っぴらにできていない。あぁこの辺り普通に自分語りになってしまうのだが、高校は高校で"内に光るもの"は沢山やってきたつもりだが、外へのアウトプットができず、Twitterも活用するどころか等閑になり、そのまま大学受験を迎えてしまう。この感想はララチューン【ラランド公式】をBGMに数時間かけて書いているほどの怠惰っぷりである。
もう"回顧"でしか中学生を語れないのだ。
実はこの日の舞台挨拶後、5年ぶりに長久監督とお話することができて、すごく嬉しいことを言って頂けて、遠ざかりつつあった映画を観ること、そして作ることを思い返しつつあった。
そうだ、僕はこんな映画を作りたいんだった。そんなことを思い返させられた。創作意欲を掻き立てられたい時に絶対観よう。

そして最後に、映画がより一層役者と向き合ったものにならないと咎められてしまう昨今、長久監督がSNSでも何度も言っていた「"サービスカットです"は今なら言わせない」は舞台挨拶で生で聞いた訳だが、(これは多分長久監督に限らず) 監督がどこまで真摯に作品と向き合い、どこまで自分の想像を通用させるのかが伺えた。
とにかく、撮影技法を知るって意味でもとにかく権利関係でお蔵になっているというメイキングを一度は観てみたい...

期間中もう2度くらいは観に行きたかったのですが(特にスタッフ回、二宮慶多くん回)、文化祭にクリエイティビティ全振りで行けませんでした...
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