荒野の狼

ゲルニカの荒野の狼のレビュー・感想・評価

ゲルニカ(2016年製作の映画)
4.0
ジョージ・オーウェルのドキュメンタリー小説でスペイン内戦を扱った「カタロニア讃歌」を読了し、スペイン内戦について興味をもったので本作を視聴した。2016年のスペインーアメリカ映画で、スペインの北部バスク州のゲルニカが舞台であるが、主人公がアメリカ人であるので言語は主に英語で時に現地の人の会話はスペイン語となる。110分の映画で恋愛とゲルニカ爆撃のストーリーがうまく絡められており飽きさせない。
ゲルニカ爆撃はピカソの作品「ゲルニカ」で有名であるが、映画で描いたのは本作が初めてであるので、世界ではじめて行われた一般市民への無差別爆撃(後の東京や原爆につながる)を行ったナチの非難という点では重要。本作では、戦時下の情報統制の問題も描かれているが、これにソ連がどのように関係していたかは本作のみでは理解できないので、あらかじめ知識をもっておくと映画鑑賞の助けになる(参考書には「カタロニア讃歌」を勧めたい)。
スペイン内戦には、海外からナチとフランコに反対する外国人が多数参戦するが、オーウェルもそのひとりであった。本作のモデルはイギリス人ジャーナリストのジョージ・スティアであり、彼の速報が世界にゲルニカ爆撃を知らしめることになり、ピカソの「ゲルニカ」の制作を鼓舞した。映画では主人公はアメリカ人のジャーナリストで、実際にゲルニカの爆撃を体験することになっているが、スティアは爆撃の翌日にゲルニカに到着し爆撃の惨状を目にして、それから目撃者の取材を行っている。
本作のヒロインはマリア・バルベルデ(ウィノナ・ライダーに似る)が好演しているが、役柄は政府軍側の報道の検閲係。ジャック・ダヴェンポートが演じるソビエトから来た上司は、スターリンによる粛清を恐れており(弟が本国で抑留中)、スターリン主義に反するジャーナリストの監視をバルベルデをはじめとする部下に行わせている。スペイン内戦では、フランコ対政府軍という構図の他に、反フランコで一致すべき側の中で共産党、無政府主義、統一マルキスト労働党(POUM)が対立してしまい、それがフランコに有利に働いた。当時政府軍は、支援をしてくれる唯一の外国であるソ連に忖度していた。スターリン主義のソ連は、真に労働者側のために「革命」を成し遂げようとするPOUMを弾圧するという方針であり、諸外国の共産党系のメディアは、POUMがフランコに実は味方するファシストの反革命勢力であるという報道であったことは「カタロニア讃歌」に書かれている。私はスターリンが指揮するソ連はともかく、他の国の共産党も何故POUMを攻撃していたのか疑問であった。本映画に描かれることが事実であれば、スペインからは政府側の情報統制で諸外国の特派員が政府軍にプラスの情報しか伝えることができなかったことになり、当時の背景が理解できる。「カタロニア讃歌」ではPOUM所属のオーウェルがスターリン主義の共産党が徐々に支配を強めPOUMらを弾圧していった経緯が描かれているので、同書を読んだ上で、本映画を読めば何故ソ連から送られた人物が強い影響を及ぼしているのか理解できる。ところが、本映画の難点は、フランコ軍も政府軍もほとんど登場せず、政府軍側の内紛も描かれていないので、歴史的バックグランドなしには、映画の理解ができない点にある。市民を対象にした世界最初の爆撃をゲルニカにしたナチの批判は理解できるだろうが、政府側の唯一の悪役は本国から派遣されて情報統制をしているソ連ということになるのだが、統制の目的など理解は困難だろう。映画のラストのテロップでドイツはゲルニカの爆撃を謝罪したが、スペイン政府は国として謝罪をしていないという情報があるが、これでは政府側が何を謝罪しなくてはいけないのか、外国の視聴者にはわかりにくい(映画ではソ連だけが悪者に見える。もっともスペイン内戦の歴史を詳しく知るスペインの視聴者には自明なのだろうが)。
映画の中では、名前だけ登場するのが作家のアーネスト・ヘミングウェイと写真家のロバート・キャパで、キャパを有名にした写真「崩れ落ちる兵士」を思わせるシーンも登場(女性カメラマンが撃たれた瞬間の兵士を撮影。ちなみに実際「崩れ落ちる兵士」を撮影したのはキャパではなく同行した女性カメラマンとい説がある)。
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